クールテックと豚玉

ちょっと大事な会合があって、さっき仕事が終わってから鶴橋に行ってきた。

小腹が空いていたので、まえから気になっていたお好み焼き屋にひとりでふらっと入って、豚玉を注文。

作業服のおっちゃんが酔っぱらって、店のおっちゃんとおばちゃんと、ずっとどうでもいい話をしてる。それを聞きながら豚玉を食う。

あのな。ユニクロのクールテックってあるやんか。

あるな。

ヒートテックちゃうで。クールテックやで。

クールテックやな。

そうや。

あのな、それでな。クールテックってな。

うん。

冬に着ると、めっちゃ寒いねんで。

あまりにもどうでもいい話だったので、つられて俺も大声で笑ろてしもた。そしてつい、おばちゃん、こっちにもビールくれ。アサヒちゃうで。キリンやで。

というわけで、会合の前にいっぱい引っかけることになった。

豚玉、めっちゃくちゃうまかった。
豚玉、めっちゃくちゃうまかった。
お好み焼きとたこ焼きとうどんと串カツとおでんあります。
お好み焼きとたこ焼きとうどんと串カツとおでんあります。

 

大阪で暮らしてよかったと思う瞬間である。

クールテックは冬に着ると寒い。

 

 

大阪に出てきてからもう30年。ワイも一生ここで暮らすんや。


にゃーのウィルスと貧乏ゆすり

さっき研究室に学生がふたり遊びに来てて、ちなみにカップルなんだけど(笑)、彼氏がガタガタ貧乏ゆすりしてるのを彼女がその膝を叩いて「貧乏ゆすりやめーやー」と言った。

なにお前ら夫婦みたいやねんな(笑)。

わたし貧乏ゆすり嫌いなんですよー。先生も貧乏ゆすり嫌いでしょ

いやー、そういや歳のせいか、おれのまわりで貧乏ゆすりするやつさいきん見んな。おれもしないし。

あー、じゃあもう貧乏じゃなくなったんですね。

なんか知らんけど、笑いながらもグッときた。しみじみしてしもた。そんなに意味はない。こういうのに意味なくいちいちしみじみする年齢なんだろう。

そういえば、先週も、2回生あいての少人数のゼミで、2回生ももう12月になると、学生生活も半分終わりやな、という話をしてた。

どうやねん、キミらもう大学生活半分終わってんねんで!

わー、いややー

まあ、おれなんかもう人生の半分以上終わってるけどな。

ここでも笑いながらなんか知らんけどしみじみしてしもた。おれももういつのまにか48歳で、人生の半分以上使っちゃったんだな。頑張ってもあと生きて30年か40年だろう。そのあとはもう死ぬだけ。

若いときみたいな貧乏ゆすりこそしなくなったけど、さいきんはよくため息をつくようになった。いままでなかったことだ。家に帰ってきてダイニングテーブルのチェアにどっかりと座ると、はぁぁぁぁああああと、深いため息が出る。

ため息と一緒に、にゃーとか、どっこらしょとか、やれやれまったくとか、にゃーとか、にゃったにゃんきちにゃったったとか、そういう意味のない声が出る。こういう声が出るようになると、もう人生も残り少なくなっているんだろうと思う。

まだ48歳で「残り少なく」ってこともないけど、さいきんは連れ合いが死ぬことばかり想像する。体力的にいってたぶんおれがひとりで残るので、そうなったら淀川が見える本庄か長柄か豊崎か中津の小さなアパートで、ひとりで古本でも読んで暮らそうと思う。そして野良猫に餌をやるのである。なぜなら、その歳で猫を飼うと、最後までちゃんと飼ってやれないからだ。

こないだ学生が、先生があんまりにゃーにゃー言うから、うつっちゃいましたよーと言っていた。ゼミ中にそんなににゃーにゃー言うてるかおれ。言うてます。

知らんかった。授業中に無意識で「にゃー」とかつぶやいているようだ。

もっとたくさんの学生に「にゃー」が広まって、にゃーウイルス感染者も増えて、おれが死んだあとでも「にゃー」だけが生き残って世の中に広がっていけばよい。

もちろん「にゃー」とつぶやくやつはおれだけじゃないけど、にゃーウィルスの遺伝子の何%かは岸政彦に由来します、ということになったらよい。


この程度でよい

さいきん気づいた小さなこと。

いまでこそ極端な嫌煙家になってますが(スナック・バー・居酒屋を含むすべての飲食店を完全に禁煙にせよ)、もともとはかなりのスモーカーでした。ハイライトとクールのメンソールを吸っておりました。

10年以上前にすっぱり止めたんですが、禁断症状で苦しんでいるときに、ふと短くなった鉛筆(鉛筆派です)を口にくわえて、小さな消しゴムをライターにみたてて火をつけるふりをして、おもいっきり吸い込むと、禁断症状がすーーっとラクになりました。

あ、こんなんでええんや。これぜんぜんタバコのかわりになるわ。

そのあとしばらく、ずっと消しゴムで鉛筆に火をつける真似をしてすぱすぱ吸っておりました。すぐ禁煙できた。

もちろん個人差というか、人によるとおもいますが。こんなんでええんや、と思った。

さて、酒のほうはあいかわらずだいぶえらいこと飲んでおりますが、さいきんさすがに体のほうがついてこんようになった。もう48歳だからな俺も。早いもんだな……ついこないだまで20代後半で、黒木掲示板でインテリのみなさんに遊んでもらってたのに……

なんか酒飲むのもしんどいな、でもバーとか行ったら、ついつい飲みたくなっちゃうしな。

そう思って自宅でロックグラスに炭酸水入れて氷入れてライムを絞って入れたら、あ、ぜんぜんこれでええわ。ぜんぜん酒飲んでる気分になるわ。

こんなんでいいんですね人間。この程度でよい。

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完全に酒。

というわけで、さいきん気づいた小さなことでした。

関係ないですが、自宅のリビングのソファ類をぜんぶ処分して、かわりに大きなテーブルにしました。ここでずっと仕事して飯くってコーヒー飲んで、一日中ここにいます。なかなか快適です。寝たくなったら寝室に行きます。もうソファいらん。

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椅子がバラバラ
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寝室で寝てたおはぎが起きてきて、テーブルに驚いているところ。好奇心と警戒心でいっぱいになっている。
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あしもとに電気ストーブを置いたら当然のように占領しにきたおはぎときなこ。

カレーと春巻き

風邪で仕事を休んでいる。のに、自宅の書斎で仕事をしている。なにかおかしい。でもしょうがない。

ときどき手を休めてネットでうだうだする。Twitterはエゴサーチと告知だけ(うざかったらごめん)、Facebookは愚痴を書く。おもにはてブとTumblrからいろんなところに飛ぶ。

このひとの極端に静かで寂しい写真が好きで、気がつくと1枚の写真を5分ぐらい見てたりする。

http://williambroadhurst.tumblr.com/

とくにこの1枚に目が止まった。

http://williambroadhurst.tumblr.com/post/128769158460/stawell-vic

耳を叩く風の音まで聞こえてくるようだ。足元から冷えてくる。

ふと、この場所を探したくなった。キャプションには「Srawell, VIC」と書いてある。検索するとそこはオーストラリアの、内陸の、とても小さな街だ。人口はわずか6000人。

https://en.wikipedia.org/wiki/Stawell,_Victoria

鉄道の駅がぽつんとひとつあるだけの、小さな小さな街。

https://www.google.co.jp/maps/@-37.061106,142.7731273,15.61z

写真には小さく「National Hotel」と書いてある。ほんとうに実在するのか半信半疑で検索する。

https://goo.gl/CFSUOJ

あった(笑)実在した。ちょうど駅前だった。ストビューで見ると、ほんとうに(当たり前だが)写真の通りだ。

https://goo.gl/maps/Tj9prwAH2aE2

だが、ホテルではなく、いまはレストランとして経営しているようだ。しかも中華料理。

https://goo.gl/QddWro

まず「National Hotel」で検索すると、Trip Adviserのレビューが出てきた。やっぱりレストランみたいだ。「安くてうまい」「さんざんな目にあった」みたいなことがいろいろ書いてある。

http://www.tripadvisor.com.au/Restaurant_Review-g261666-d4052787-Reviews-National_Hotel-Stawell_Grampians_Victoria.html

「Ming’s Oriental Chinese Restaurant」でも検索すると、いろいろ出てくる。

https://www.google.co.jp/search?q=Ming%27s+Oriental+Chinese+Restaurant

そしてFacebookを発見(笑)

https://www.facebook.com/pages/Mings-Oriental-Chinese-restaurant-Stawell/1414954768760946

とりあえず「いいね」しておいた。

まさかこんな日本の大阪の片隅の、オーストラリアなんか行ったこともないおっさんが、こんなオーストラリアのヴィクトリア州の片隅のStawellという、いま初めて知った小さな街で、おそらく古いホテルの建物を買い取ってMingさんという中国系らしいひとが経営する小さな小さなレストランのFacebookページに「いいね」するとは、世界の誰も想像もしなかったことだろう。だからといってこのことには深い意味などどこにもない。ただ偶然でそうなっただけだ。

たぶん死ぬまでここに行くことはないだろうし、Mingさんに会うこともないろうし、「このあたりでいちばんうまい」とレビューに書かれているカレーと春巻きを食べることもないだろう。

カレーってどうやって食べるんだろう。やっぱりカレーライスなんだろうか。

最初にあの写真を見たときは、とても寂しい、無人の、寒々としたものを感じたが、実際にはこのあたりは、それなりにひとが住んでいて、働いたり遊んだり寝たり結婚したり離婚したり、古いホテルの建物で中華料理のレストランを開いたりしてるのである。


子どもを憎悪する人びと

おそらく、たくさんの人が、すでに同じことを書いていると思うけど。

「シリア難民中傷風刺画について、今までの流れ」(『東京育児日記──子どもが寝ているあいだに書くブログ』)
http://yuco.hatenablog.jp/entry/2015/10/05/000019

yucoさんもrnaさんもすごい。ほんとにすごい。俺も何度でも報告しよう。

それにしてもひどい話だが、このイラストを最初に見たときから、怒りや悲しみとともに、なにか手応えのない、意味のわからない、もやもやとしたものを感じていた。作者のレイシスト的な意図はよくわかるのだが、その意図を実現するための手段として考えると、理解できないところが残る。もちろん意図も何も、最初からまったく理解はできないのだが、それにしても、差別的表現としてはなにかこれまで見た(見させられた)ものと異質なところがあると感じた。

この絵は、レイシスト的なひとから共感を得ようとしているし、あわよくばそれほどでもない人びとに対しても、難民や外国人に対する反感を与えようとしている。

この絵で?

憎悪を煽る表現っていうのは、憎悪や差別の対象を、ことさらに強く、「悪そうに」描く。あいつらは悪いやつだ。俺たちは被害者なんだ。こっちからやらないと、先に俺たちがやられてしまう。

そういうふうに見えなかった。かわいらしい女の子が、汚れた顔をして、汚れた服を着ている。「人の金うんぬん」という文章も、最初読んだときは、むしろ暴力的な体験をしてそう考えるようになってしまったとしたら、それはとても辛いことで、だから難民はやっぱりちゃんと受け入れて、人権や生活を保証するべきだとすら思った。

しばらく見続けてから「あ、これ逆か」と気づいた。

あの絵は、悪くて強くてずる賢くて、暴力や犯罪も厭わないような、汚らわしい存在として描かれている。私たちにとっての脅威として、外部からの侵略者として描かれているのだ。そして憎悪を煽っている。

ずっと考えていたのだが、なんとなくわかってきた。作者は、あるいはあれを拡散してる人びとは、10歳にもならないような小さな女の子を、外国人だから、汚い難民だからといって、憎悪すらできるような人びとなのだろう。お腹を空かせた、汚れた服を着た子どもを。


中洲の沖縄

何年か前だけど、福岡に出張したとき、仕事が終わって同僚や先輩教員と中洲で飲んでて、まあふつうにもつ鍋とかすごい美味しくて、博多楽しいなあと思った。

1軒めを出て、ほかの教授たちは飲みにいこうとか言ってたけど、俺はひとりで飲み歩きたくて(同僚と飲んでもつまらんよね(笑))、ホテルに帰りますって嘘ついて、ほろ酔いで中洲をぶらぶらした。鉢合わせしたらそのときはそのとき。

那珂川にうつる博多の街のネオンがとても美しくて、良い気分で、川沿いにあった小さなショットバーにふらっと入ると、カウンターの中にきれいなねーちゃんがいた。

一杯飲みながら喋ると、沖縄出身だという。父親は米兵で、子どものときは、それで相当いじめられた。

たしか進学かなにかをきっかけに福岡にやってきて、そのまましばらく居着いて、いろんなバイトをしながら、ぶらぶらと暮らしている。

沖縄の実家にはあんまり帰ってない。将来も、帰りたくない。

お客さんはどこから? 関西?

うん、大阪。おれ大学の先生で、沖縄の勉強してるねん。

うそーすごい。

いやすごくない。

福岡の中洲のショットバーで、ずっと沖縄の話。

そういえば、宮古のおばあがやってるスナックがあるさー。いつのまにかねーちゃんもウチナーグチがちょっと出てる。

おお、いくわ。紹介してよ。

紹介するほど知らないんですけど、場所とか名前はわかりますよ。

ほんまにありがとな、この店もまた来るわな。

はい、ぜひ。お待ちしてます。

店を出て、近くのスナック街へ。中洲の盛り場はほんとうに規模もでかくて、迫力がある。

教えてもらった昭和なスナックに飛び込みで入ると、ママがえらい驚いた感じ。

ごめん一見やねんけど、大丈夫?

あ、どうぞどうぞ。

ごめんごめん。ほなビール。なんかいまびっくりしてたよね? 一見さんほんとはダメな店?

いえいえ、そうじゃなくて、「集金」かと思った。

いやいや…………

というわけで、「そこのショットバーで、ここが宮古島のご出身だって聞いたから来た」っていったら、えらい歓迎してくれて。店に来てたほかのおっさんともだいぶ喋ったり飲んだり歌ったり飲んだり喋ったり飲んだり飲んだり。

ママは宮古から博多に出てきてもう40年ぐらいになる。そのあいだ、ほんとうにいろいろあって、あんまり帰ってない。もうすこし歳をとったら、この店をたたんで、故郷でのんびり暮らしたい。

べろんべろんになって、そのあたりになると、ママから「お客さん、お仕事何されてるの?」って聞かれても、笑顔で両手をひろげて「何やってるように見える〜?」って言うぐらいにはうざい客になっていました。

おれ、もうすぐヨメさんと宮古島行くんだよね、って言うと、ママがものすごく喜んで、その場で宮古島でスナックやってるイトコに電話してくれた。「もうすぐ大阪の岸さんって方がそっち行くから」紙ナプキンに店の場所と名前を書いてくれた。

記憶があんまりないけど、そのスナックを出て、ひとりでもう一軒行ったような気がする。

ホテルまでヨレヨレになって歩きながら、那珂川に映る中洲のネオンを何度も振り返って見た。はじめて博多に来て、なんかずっと沖縄の話だったな、と思いながら歩いた。

けっきょくあれから、博多には一度も行ってないし、だから、あのショットバーにも、宮古のママがいるスナックにも行ってない。

せっかく店の名前を書いてくれた紙ナプキンも、帰る頃には失くしてて、そのあとおさいと宮古島に旅行したときも、イトコさんのスナックには行けなかった。

また博多に行くときは、もういちどあのショットバーから同じコースを辿りたいけど、たぶんもう二度とあの店を見つけることはできないと思う。

でも、あのねーちゃんも、ママも、どっかでなんかして、生きているんだろう。

年末あたり、また中洲に飲みにいこうかな。


結婚とか夫婦とかの制度はたしかに面倒だし、個人の自由にとって抑圧的だから、ほんとうに、ないほうがいいとまでは言わないけど、できるだけそういうものを選ばない自由が保証され尊重されるべきだし、個人の自由な生き方がたくさんあったほうが、より良い世の中になる。

ただ、どうしてもある種の規範を持ち出してしまうときがある。たとえば、ふつうに結婚してて、でも仕事の都合とかで子どもをなかなかつくらない夫婦をみると、こちらから余計な口出しをすることはないけど、自分の体験から、やっぱりできるうちに作っておいたほうが、あとから欲しくなっても、と思ってしまう。

そういうときは、「夫婦であれば子どもがいたほうが幸せ」という規範に、無意識に自分も従ってしまっているんだろうか、と思う。

ほかにも、不倫している若い女の子の話をきくと、バカだなやめとけよ、って言ってしまうけど、でももしそれが、将来や現在のリスクをすべて理解したうえでの、そのひとなりの判断なら、それは尊重されなければならない。が、それでもやっぱり積極的に応援する気にはなれない。

そうすると、この、積極的に応援する気にならないという感情は、私が、「ひとはひとりの相手と結婚したほうが幸せになる」というような、近代的な規範に従っているということのあらわれなのだろうか、と思う。

どんな個人の選択も尊重されるべきだが、いろいろなひとからいろいろな話を聞いていると、うーん、と思うことがあり、そういうときに、おかしな言い方だが、社会というものに直に手を触れているような気がして、そのざらざらした手触りが伝わってくるような感じを受ける。そして、そういうとき、自分が急に、保守的な、つまらない人間になったような気がする。

どんな個人の自由な選択も尊重されるべきだが、しかしその選択はすべて、ひとしなみに同じ価値なのだろうか。もしほんとうに尊重されるべきなら、それらは同じ価値を持つものとして同じように扱われるべきだ。

しかしひとは、とくに自分のことではなく他人の相談を受けているときになると、とたんに保守的な、ふつうのやつになってしまうときがある。そういうときは、そういう話を語っているひとも、それを聞いている私もおなじように、自由な選択の迷路のなかに急に現れる壁にぶちあたって、動けなくなってしまっているのだと思う。

もし社会というものを視覚的に(あるいは触覚的に)表現するなら、こういう壁みたいなものになるのかもしれない。

感覚的に、私たちは、私たちの自由な意思だけではやっていけないと思うけど、でもそれを止めるときに、私たちはひどく保守的で封建的な、つまらないやつになってしまう。

ただ、それでもその壁を破って進むひとはたくさんいる。それが不幸なことなのか、それともそれなりに幸せなことなのかは、わからない。


「使いやすさ」について

連れ合いのさいとう(おさい)の母、つまり私の義理の母だが、が、Androidの「簡単スマホ」みたいなものを使ってたんだけど、もひとつ使い方がわからなくて、もっと簡単な高齢者向けのガラケー、字が大きかったりするやつ、に変えた。

けっきょくそれも使い方がもひとつよくわからない。

それより、自分の子や孫が、LINEやったり、Googleマップ見たりしてるのを見て、自分もそれがやりたいということになり、そのうち孫(おさいの姪っ子、大学生)が教えてあげるから、というので、けっきょく普通のiPhoneにした。

余計なアプリをぜんぶ孫が削除してあげて、残したアプリの使い方もぜんぶ教えてあげた結果、iPhoneをちゃんと使いこなせるようになった。

「使いやすさ」って何だろう、と思った。すくなくとも、この話に限っては、字が大きかったり、操作が簡単だったりするけど、そのかわり身近で誰も使ってない高齢者向けケータイよりも、身近で孫が使っている普通のiPhoneが、困ったときにすぐに聞けるから、けっきょくはいちばん高齢者にとって使いやすいケータイだったのだ。

こういうつながりがない方にとってはまた違う話になると思うけど。

もちろんこういう研究は、心理学や認知科学やエスノメソドロジーでさんざんされているんだろうと思うけど、あらためて実際の話を聞いてすごい納得した。使いやすさって、字の大きさやボタンの少なさだけじゃないんだな。


タクシーのバレリーナ

承前。先日の沖縄での調査実習のときに、学生たちと聞き取り調査に向かう途中で乗ったタクシーの運転手が、ダッシュボードにたくさんの喫茶店の紙ナプキンを入れていて、それで見事なバレリーナを、その場で作って、私たちにくれた。

「いや、おじい! 前見て! 前! あぶないよ!」

おじいは、そのバレリーナの背中に、もう一枚の紙ナプキンで作ったひもをくくりつけて、「こうすると、壁に掛けられるさー」と言った。

「だから前見ないとあぶないよ!」

ほんとうに見事なバレリーナだった。

たいしたもんだ。
たいしたもんだ。

PEACE

3泊4日の「社会調査実習」の合宿で、沖縄で20名ほどの高齢者の生活史を聞き取りして、たった今、伊丹空港から自宅に戻ってきた。

語り手の方は、ほとんどがあの沖縄戦を体験している。

ひとりの女性は、米兵に追われて山中を逃げる途中で迫撃砲をくらい、父親を亡くしている。自分も爆発の衝撃で土砂をまともにかぶり、傷だらけになったそうだ。

やっと山の中に逃げこんで、きれいな小川で着物と体を洗ったら、川の水が真っ赤になった。

土砂をかぶったと思ったのは、真横で被弾した父親の血や肉や骨だった。

お話を聞いたあと、その女性が持ってきてくれた大量のマンゴーを、学生たちとみんなで食べた。めっちゃ甘くてめっちゃ美味しかった。大きなタッパーに入れて持ってきてくれたマンゴーを、全部食べた。

逃げ込んだ山中では、あまりにもヒマだったので、自生しているタバコの葉っぱを乾燥させて手製のタバコを作って吸っていたらしい。

聞き取りが終わって、帰りにみんなで記念写真を撮るときに、彼女は笑顔で、ピースした。

ピース。