連れあいのおさい先生がメキシコシティで開かれる学会で報告するために伊丹空港から飛行機に乗った。見送りにいった私はそのあと、どこかぶらぶらしようかとも思ったけど、猫のおはぎがひとりで待つ家にすぐ帰った。帰り道、スーパーにだけ寄って、ゴミ袋とか、石鹸とか、安売りの栄養ドリンクとかを買った。栄養ドリンクは別に栄養がほしいわけではなく、カフェインが50mg入っているので、夕方ごろの目覚ましにちょうどよいから、たまに買う。コーヒーより手軽にカフェインを摂ることができる。
帰り道、すぐ近所の路地裏の小さな家が、リフォームされてきれいになっていた。そういえばここふた月ほど工事をしていた。この家はもともとは小さな喫茶店で、そこのたまごサンドが美味しいとのことだったが、いちども食べないまま、店は閉店し、店舗部分もつぶして、すっかり普通の住宅に改築された。たぶん主人が高齢になって、会社員でもしている息子夫婦と孫が同居するために、店をつぶして家にしたんだろう。
そこのたまごサンドが美味しいと教えてくれたのは、そこから数軒となりにあった小さな小さなショットバーで、40歳ぐらいの、とてもきれいな女のひとがひとりでやっていた。ときどき遅い時間に飲みに行っていたが、仕事がとても忙しくなってきたのと、小さな店で他の客のタバコの煙が臭かったので、そのうち行かなくなった。
ある夜、ひさしぶりに行ってみると、店を閉めるのだという。ああ、そうなんや。どうするの、他でまたバーやるの?
いやー、もうめんどくさいことが多くて。女ひとりでやってるとねえ。いろいろね。
ああ、そうか、そうやろなあ。そうかあ。
家も引っ越すねん。たぶん○○町のあたりに住むと思う。仕事は何するかまだわからへん。
そうか。元気でなあ。
彼女には高校生の息子がいて、そのバーのすぐ隣の、小さな古いマンションのいちばん上の階に、ふたりで住んでいた。
どうして彼女がそんな路地裏の小さな店でバーをやっていたのかというと、数年前に、彼女の夫がこの街にある病院で亡くなったからだった。彼女は夫が亡くなるまで数年間、息子と一緒に病院に近いこの街に引っ越して、毎日通って付き添い看護をした。やがて夫が亡くなったあともこの街にそのまま住み続け、バーを開店した。
その店で酒を飲みながら、なんどかその話を聞いた。
あ、そうか。旦那さんの名前か……。
そうやねん、よう気づきましたね
その店の名前は、前半が彼女の名前、そして後半が夫の名前だった。それをつなげて、ひとつの言葉にしていたのだった。
スーパーのビニール袋を手にさげて、リフォームしたもと喫茶店の前を通り過ぎたとき、そこまで思い出した。
あのひと元気かなあ。息子はどこか進学したかな。
こないだ、教え子の結婚式の帰りにコンビニで、ゴミ袋が切れてたことを思い出して買ったんだけど、45Lを買わないといけないのに間違えて90Lの巨大な袋を買っちゃった。しばらくサイズに合わない大きなゴミ袋を使ってたのだが、そのうちおさい先生が買ってきたんだけど、またサイズを間違えて、こんどは30Lの小さいやつを買ってきた。これだとゴミ箱にはまらない。
それから2週間ぐらい経ってようやくさっき、スーパーで45Lのゴミ袋を、すぐになくならないように大量に買ったんだけど、家に帰ってきてキッチンで気がついた。半透明のやつが欲しかったのに、間違えて完全に透明なゴミ袋を買ってしまっていた。
ちょうどよいゴミ袋はいつ手に入るんだろう。