中洲の沖縄

何年か前だけど、福岡に出張したとき、仕事が終わって同僚や先輩教員と中洲で飲んでて、まあふつうにもつ鍋とかすごい美味しくて、博多楽しいなあと思った。

1軒めを出て、ほかの教授たちは飲みにいこうとか言ってたけど、俺はひとりで飲み歩きたくて(同僚と飲んでもつまらんよね(笑))、ホテルに帰りますって嘘ついて、ほろ酔いで中洲をぶらぶらした。鉢合わせしたらそのときはそのとき。

那珂川にうつる博多の街のネオンがとても美しくて、良い気分で、川沿いにあった小さなショットバーにふらっと入ると、カウンターの中にきれいなねーちゃんがいた。

一杯飲みながら喋ると、沖縄出身だという。父親は米兵で、子どものときは、それで相当いじめられた。

たしか進学かなにかをきっかけに福岡にやってきて、そのまましばらく居着いて、いろんなバイトをしながら、ぶらぶらと暮らしている。

沖縄の実家にはあんまり帰ってない。将来も、帰りたくない。

お客さんはどこから? 関西?

うん、大阪。おれ大学の先生で、沖縄の勉強してるねん。

うそーすごい。

いやすごくない。

福岡の中洲のショットバーで、ずっと沖縄の話。

そういえば、宮古のおばあがやってるスナックがあるさー。いつのまにかねーちゃんもウチナーグチがちょっと出てる。

おお、いくわ。紹介してよ。

紹介するほど知らないんですけど、場所とか名前はわかりますよ。

ほんまにありがとな、この店もまた来るわな。

はい、ぜひ。お待ちしてます。

店を出て、近くのスナック街へ。中洲の盛り場はほんとうに規模もでかくて、迫力がある。

教えてもらった昭和なスナックに飛び込みで入ると、ママがえらい驚いた感じ。

ごめん一見やねんけど、大丈夫?

あ、どうぞどうぞ。

ごめんごめん。ほなビール。なんかいまびっくりしてたよね? 一見さんほんとはダメな店?

いえいえ、そうじゃなくて、「集金」かと思った。

いやいや…………

というわけで、「そこのショットバーで、ここが宮古島のご出身だって聞いたから来た」っていったら、えらい歓迎してくれて。店に来てたほかのおっさんともだいぶ喋ったり飲んだり歌ったり飲んだり喋ったり飲んだり飲んだり。

ママは宮古から博多に出てきてもう40年ぐらいになる。そのあいだ、ほんとうにいろいろあって、あんまり帰ってない。もうすこし歳をとったら、この店をたたんで、故郷でのんびり暮らしたい。

べろんべろんになって、そのあたりになると、ママから「お客さん、お仕事何されてるの?」って聞かれても、笑顔で両手をひろげて「何やってるように見える〜?」って言うぐらいにはうざい客になっていました。

おれ、もうすぐヨメさんと宮古島行くんだよね、って言うと、ママがものすごく喜んで、その場で宮古島でスナックやってるイトコに電話してくれた。「もうすぐ大阪の岸さんって方がそっち行くから」紙ナプキンに店の場所と名前を書いてくれた。

記憶があんまりないけど、そのスナックを出て、ひとりでもう一軒行ったような気がする。

ホテルまでヨレヨレになって歩きながら、那珂川に映る中洲のネオンを何度も振り返って見た。はじめて博多に来て、なんかずっと沖縄の話だったな、と思いながら歩いた。

けっきょくあれから、博多には一度も行ってないし、だから、あのショットバーにも、宮古のママがいるスナックにも行ってない。

せっかく店の名前を書いてくれた紙ナプキンも、帰る頃には失くしてて、そのあとおさいと宮古島に旅行したときも、イトコさんのスナックには行けなかった。

また博多に行くときは、もういちどあのショットバーから同じコースを辿りたいけど、たぶんもう二度とあの店を見つけることはできないと思う。

でも、あのねーちゃんも、ママも、どっかでなんかして、生きているんだろう。

年末あたり、また中洲に飲みにいこうかな。

結婚とか夫婦とかの制度はたしかに面倒だし、個人の自由にとって抑圧的だから、ほんとうに、ないほうがいいとまでは言わないけど、できるだけそういうものを選ばない自由が保証され尊重されるべきだし、個人の自由な生き方がたくさんあったほうが、より良い世の中になる。

ただ、どうしてもある種の規範を持ち出してしまうときがある。たとえば、ふつうに結婚してて、でも仕事の都合とかで子どもをなかなかつくらない夫婦をみると、こちらから余計な口出しをすることはないけど、自分の体験から、やっぱりできるうちに作っておいたほうが、あとから欲しくなっても、と思ってしまう。

そういうときは、「夫婦であれば子どもがいたほうが幸せ」という規範に、無意識に自分も従ってしまっているんだろうか、と思う。

ほかにも、不倫している若い女の子の話をきくと、バカだなやめとけよ、って言ってしまうけど、でももしそれが、将来や現在のリスクをすべて理解したうえでの、そのひとなりの判断なら、それは尊重されなければならない。が、それでもやっぱり積極的に応援する気にはなれない。

そうすると、この、積極的に応援する気にならないという感情は、私が、「ひとはひとりの相手と結婚したほうが幸せになる」というような、近代的な規範に従っているということのあらわれなのだろうか、と思う。

どんな個人の選択も尊重されるべきだが、いろいろなひとからいろいろな話を聞いていると、うーん、と思うことがあり、そういうときに、おかしな言い方だが、社会というものに直に手を触れているような気がして、そのざらざらした手触りが伝わってくるような感じを受ける。そして、そういうとき、自分が急に、保守的な、つまらない人間になったような気がする。

どんな個人の自由な選択も尊重されるべきだが、しかしその選択はすべて、ひとしなみに同じ価値なのだろうか。もしほんとうに尊重されるべきなら、それらは同じ価値を持つものとして同じように扱われるべきだ。

しかしひとは、とくに自分のことではなく他人の相談を受けているときになると、とたんに保守的な、ふつうのやつになってしまうときがある。そういうときは、そういう話を語っているひとも、それを聞いている私もおなじように、自由な選択の迷路のなかに急に現れる壁にぶちあたって、動けなくなってしまっているのだと思う。

もし社会というものを視覚的に(あるいは触覚的に)表現するなら、こういう壁みたいなものになるのかもしれない。

感覚的に、私たちは、私たちの自由な意思だけではやっていけないと思うけど、でもそれを止めるときに、私たちはひどく保守的で封建的な、つまらないやつになってしまう。

ただ、それでもその壁を破って進むひとはたくさんいる。それが不幸なことなのか、それともそれなりに幸せなことなのかは、わからない。

「使いやすさ」について

連れ合いのさいとう(おさい)の母、つまり私の義理の母だが、が、Androidの「簡単スマホ」みたいなものを使ってたんだけど、もひとつ使い方がわからなくて、もっと簡単な高齢者向けのガラケー、字が大きかったりするやつ、に変えた。

けっきょくそれも使い方がもひとつよくわからない。

それより、自分の子や孫が、LINEやったり、Googleマップ見たりしてるのを見て、自分もそれがやりたいということになり、そのうち孫(おさいの姪っ子、大学生)が教えてあげるから、というので、けっきょく普通のiPhoneにした。

余計なアプリをぜんぶ孫が削除してあげて、残したアプリの使い方もぜんぶ教えてあげた結果、iPhoneをちゃんと使いこなせるようになった。

「使いやすさ」って何だろう、と思った。すくなくとも、この話に限っては、字が大きかったり、操作が簡単だったりするけど、そのかわり身近で誰も使ってない高齢者向けケータイよりも、身近で孫が使っている普通のiPhoneが、困ったときにすぐに聞けるから、けっきょくはいちばん高齢者にとって使いやすいケータイだったのだ。

こういうつながりがない方にとってはまた違う話になると思うけど。

もちろんこういう研究は、心理学や認知科学やエスノメソドロジーでさんざんされているんだろうと思うけど、あらためて実際の話を聞いてすごい納得した。使いやすさって、字の大きさやボタンの少なさだけじゃないんだな。

タクシーのバレリーナ

承前。先日の沖縄での調査実習のときに、学生たちと聞き取り調査に向かう途中で乗ったタクシーの運転手が、ダッシュボードにたくさんの喫茶店の紙ナプキンを入れていて、それで見事なバレリーナを、その場で作って、私たちにくれた。

「いや、おじい! 前見て! 前! あぶないよ!」

おじいは、そのバレリーナの背中に、もう一枚の紙ナプキンで作ったひもをくくりつけて、「こうすると、壁に掛けられるさー」と言った。

「だから前見ないとあぶないよ!」

ほんとうに見事なバレリーナだった。

たいしたもんだ。
たいしたもんだ。

PEACE

3泊4日の「社会調査実習」の合宿で、沖縄で20名ほどの高齢者の生活史を聞き取りして、たった今、伊丹空港から自宅に戻ってきた。

語り手の方は、ほとんどがあの沖縄戦を体験している。

ひとりの女性は、米兵に追われて山中を逃げる途中で迫撃砲をくらい、父親を亡くしている。自分も爆発の衝撃で土砂をまともにかぶり、傷だらけになったそうだ。

やっと山の中に逃げこんで、きれいな小川で着物と体を洗ったら、川の水が真っ赤になった。

土砂をかぶったと思ったのは、真横で被弾した父親の血や肉や骨だった。

お話を聞いたあと、その女性が持ってきてくれた大量のマンゴーを、学生たちとみんなで食べた。めっちゃ甘くてめっちゃ美味しかった。大きなタッパーに入れて持ってきてくれたマンゴーを、全部食べた。

逃げ込んだ山中では、あまりにもヒマだったので、自生しているタバコの葉っぱを乾燥させて手製のタバコを作って吸っていたらしい。

聞き取りが終わって、帰りにみんなで記念写真を撮るときに、彼女は笑顔で、ピースした。

ピース。