大阪社会調査研究会のお知らせ

研究会の告知です、おヒマな方はぜひどうぞ。

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http://www.facebook.com/events/280207335364512/

大阪社会調査研究会のお知らせです。

2012年2月4日(土) 15:00~18:00
龍谷大学大阪梅田キャンパスにて

高史明さん http://www.facebook.com/fumiaki.taka をお迎えして、「差別と偏見の社会心理学」というテーマで研究会を開きます。一般の方も歓迎。参加無料。懇親会あり。予約不要。差別と偏見についての国内外の最新の研究動向やご自身のご研究についてもご紹介いただきます。

場所はこちらです。ゴージャスすぎるビルですが、お気軽にどうぞ。エレベーターは先に階数ボタンを押してからでないと動きません。

http://www.ryukoku.ac.jp/osaka_office/access/index.html

研究会というより気楽な勉強会です。みなさまのご参加をお待ちしております~~~


100年かけて増えたものが、100年かけて減っていく

1900年(明治33年)の日本の人口がどれくらいだったかというと、4300万人ぐらいだったそうです。

日本の人口のピークは(おそらく)2004年で、1億2800万人ほどでした。

2010年には日本の人口は20万人減りました。これは中規模の都市、あるいは地方の県庁所在地がひとつ消滅したのと同じです。

佐賀市、八戸市、宝塚市、厚木市、太田市、松江市、鈴鹿市、鳥取市、山口市、あるいは文京区、港区、渋谷区、荒川区のどれかひとつが、まるごと消えたのと同じぐらい、人口が減りました。

将来の人口についてはいくつか推計があるようですが、そのうちのひとつでは、いまから100年後の2100年ごろには、4400万人ぐらいまで人口が減ると予測されています。

100年かけて4000万人を3倍に増やして、そのあと100年かけてまたもとの人数にまで減らしていくのです。

ちょっと事情があって、いま再開発とかタワーマンションのことについていろいろ調べているのですが(facebook参照)、ちょうど今日、その領域での第一人者の研究者の方のお話をいろいろ聞く機会がありました。

話の本筋と関係ないところですが、妙に印象に残ったのが、「いまのタワーマンションはメンテさえすれば100年持つ」という話でした。その方はタワマンには非常に批判的な方なのですが、技術的にはここまで進歩した、ということでした。

実は、さいきん私は、勉強のためにタワーマンションのモデルルームや現地の部屋などを見学してまわっています。もちろん、絶対に自分では購入しませんが。

もちろんタワーマンションにいま住まわれている方を批判するつもりもありませんし、タワマンの存在自体を否定するつもりもありません。都心で暮らすにはよい手段だと思います。

これはあくまでも、私個人が現場で見た感想です。

あと、タワーマンションといってもいろいろあり、いうまでもなく私はそのすべてを見たわけでもありません。

前置きが長くなりましたが……私がせんじつ見学させてもらったのは、大阪市内の都心にある、非常に高級感あふれるタワーマンションでした。梅田を見下ろすその夜景はまさに圧巻でした。

いやほんと、すごかった。

ところが、まずこの部屋に帰るためには、長い長いエレベーターに乗らないとダメなのですが、エレベーターをおりたあと部屋まで、開口部が一切ありません。

仕事おわって疲れて帰ってきてこの圧迫感は正直つらいかも。

リビングはこんな感じでした。これは実際に売っている(売れ残っている)部屋だそうで、見学時には白い手袋を着用しました。

たしかにこの夜景はすごい。行ったのが夜だったので夜景しか見てませんが、朝日とか夕日とか、昼間の景色も相当なもんでしょう。

ところが、このリビングの大きなガラス窓。当たり前といえば当たり前ですが、これぜんぶ「はめごろし」のガラスです。よく考えたら当たり前なんですが、これ全部、1ミリも開けることができない、ただの透明の壁です。

これは確か別の部屋だったと思いますが、開けられる窓が写っていたのがこの写真だけだったのでこれを載せますが、赤で囲って矢印を付けてある窓。幅数十cm、縦も1mに満たないぐらいの小さな窓。20畳ぐらいの広いリビングで、開けることができる窓が、これひとつでした。

室内の内装はすべてメラミン樹脂っていうんでしょうか。なにかのつるつるしたプラスチックです。

この圧迫感と閉塞感はかなりのものでした。目の前に壮大な夜景が広がっているだけによけい、でした。

地下の部屋で壁一面にプロジェクタで夜景を投影してるかんじ。

さきほど、都市工学の研究者の方から「タワーマンションは100年後も建っている」と聞いたときに、すぐに思い浮かべたのがこのマンションのことでした。

さいきん、大阪でもあちこちに建ってます。売れてるのもあるし、売れ残ってるのもたくさんあるそうです。それはいろいろですが、とにかく人口が1/3になり、その半分以上が高齢者、という時代になっても、いま建てられているタワーマンションは立ち続けているそうです。

どういう光景になっているだろう、と思います。

もちろんいまタワーマンションを買って住んでおられる方々に対して何かを言うつもりはありません。繰り返しますが、若いときに都心に住むためには、かなり良い選択肢だと思います。私の友人も何人か住んでいます。

いまじゃなくて、100年後に誰が住んで、どういう光景になっているか、ちょっといろいろ想像して、いろいろ考えてしまったので、「個人的な感想」ですけども、書きました。気を悪くされた方がいたら、ごめんなさい。ほんとに個人の感想です。


放置される子どもたち──日系ブラジル人の教育問題──

某大学から依頼されて新入生用の人権パンフレットの原稿を書きました。そのうちの一部をこちらにも置いておきます。

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放置される子どもたち──日系ブラジル人の教育問題──

現在、日本に住む外国籍の住民はおよそ200万人、これは全人口の約1.5%にあたります。もっとも多いのが中国人で67万人、ついで(在日コリアンを含む)韓国・朝鮮籍の人びとが55万人。3番目に多いのが、知らないと意外に思うかもしれませんが、ブラジル人で、21万人です。リーマンショック以降の製造業不況や東日本大震災の影響などで、ブラジル人は若干その数を減らしていますが、日本経済の長引く低迷にもかかわらず、中国人を中心として、日本社会に暮らす外国人たちは着実にその数を増やしています。日本はすでに「多民族・多文化国家」になりつつあるのです。

大阪には非常に多くの在日コリアンの方々も暮らしていますが、ここでお話するのは、90年代以降に新しく日本にやってきた「ニューカマー」と呼ばれる人びとのことです。特に滋賀県に住む日系ブラジル人と、その子どもたちについてお話ししたいと思います。

ニューカマーの中国人や韓国人が比較的都市部に多く、留学生として大学や専門学校で勉強したり、飲食業などのサービス産業で働いているのに対し、日系ブラジル人たちは、どちらかといえば群馬県や静岡県、そして関西では滋賀県などの郡部で、大きな工場で派遣労働者として働いている人が多数をしめています。

時はバブル期にさかのぼります。1990年、人手不足に苦しんでいた製造業を救うために、日本政府はほんのちょっとだけ、外国人に対して門戸を開放しました。

ハワイや南米には、戦前の貧しい時代に日本から移民に渡った膨大な数の日本人移民とその子どもや孫たちが住んでいるのですが、この「日系」の人びとに対して「定住者」資格を与え、事実上日本国内での居住と労働を認めたのです。ただ、この定住者も、いわば「里帰り」のような名目で国内居住を認められたにすぎません。同じ南米人でも親族に日本人がいる場合に限られます。「ほんのちょっとだけ」というのはこういう意味です。

さて、このように日本の閉鎖的な門がほんのちょっとだけ開いたのですが、そのわずかなすきまから大量の日系南米人、特にブラジル人が入ってきました。もっとも多いときで30万人以上のブラジル人が日本で暮らしていました。ここ数年、不景気でややその数を減らしていますが、それでも20万人はブラジルに帰国せず、日本国内で暮らす道を選んでいます。なかには日本企業の正社員になり、マイホームを手に入れた人びともいます。ブラジル人の多くは、さきほども書いたように、日本の地方で自動車部品などを作る大きな工場で、派遣労働者として働いています。ブラジル本国から日本に連れてくるリクルート会社もたくさんあります。

ブラジル人の給料は日本人の派遣労働者とかわりありませんが、雇用の不安定さが生活ぜんたいの不安定さに結びつくリスクが、日本人と比べて非常に高いです。リーマンショックのときに多くの製造業が会社を守るために(日本人を含めた)労働者を切り捨てました。そのなかでもブラジル人たちは特に深刻な状況になりました。遠い国から単身や少人数の家族でやってきて、誰も頼る人もなく、住むところは会社の社宅、という人がたくさんいました。こういう状況で首を切られ、仕事や家族、住居まで、すべてを失うブラジル人が、いまでもいるのです。

日本には、外国人の出入国管理政策はあるが、外国人の定住政策は存在しないとよく言われます。「定住者」資格は与えられましたが、病気になったとき、失業したとき、家を失ったとき、家族が困ったとき、そのほか生活していくなかで誰でも遭遇するトラブルにたいする保障がまったくありません。日本の政策は「外国人を入れただけ」に等しいものがあります。

特に深刻な状況になっているのは、ブラジル人の子どもたちです。現在、日本には100近くのブラジル人学校があると言われていますが、そのほとんどすべてが私設の学校であり、日本政府からは補助金がおりず、学費がとても高くなります。基本的に授業はブラジルでの使用言語であるポルトガル語でおこなわれ、日本語教育は不十分なところがほとんどです。また、失業や給料切り下げなどで、ブラジル人学校の高い学費が払えず、子どもたちを学校に通わせられない家庭も少なくありません。私が知っているある小学生の女の子は、両親が工場で一日中働いているあいだ、たったひとりで家の中でテレビを見ているだけ、という暮らしを数ヶ月にわたって送っていました。そのあいだ彼女はずっと孤独に耐えていただけでなく、何も教育されず、言葉も覚えないままでいたのです。

それでは日本の学校に通えばいいのではないか、と思います。しかし、日本の公立小学校や中学校に外国人の子どもももちろん通うことはできますが、いまのところポルトガル語しか話せないブラジル人の子どもを受け入れて、いちから日本語をつきっきりで教え、いじめも多い学校のなかで友だちができるようにサポートしてくれるような学校は、ほとんどありません。

さきほどの例とはまた別の女の子は、まったく日本語ができないまま日本の公立小学校に入ったものの、ポルトガル語ができる教師が誰もいない学校で、ただ教室のいちばん後の席に座らさせられ、白い画用紙だけを与えられ、毎日1時間目から学校が終わる時間まで絵を描いているように言われたそうです。その子は耐えきれず一週間ほどで辞めてしまいました。みかねたブラジル人学校の校長先生が、学費が払えないのを承知したうえで、自分の学校に編入させ、いまでは元気に通っています。

そうしたブラジル学校が、日本全国にたくさんあるのですが、補助金もおりないためにどこも経営が非常に苦しく、閉鎖してしまったところもあります。設備も教材も祖末で、雇っている先生やスタッフに払う給料にも困っています。

こういう状況で、やはりもっともしわよせをくらっているのが子どもたちです。正式な日本語教育もポルトガル語教育も受けられないまま大きくなってしまう子たちもいます。「セミリンガル」や「ダブル・リミテッド」といいますが、日本語もポルトガル語も上達しないまま、つまり「どの言葉も正しく使えない」まま、大きくなってしまう子どもたちがいるのです。これは本当に、本当に恐ろしいことです。

滋賀県の愛荘町に「コレジオ・サンタナ」という小さなブラジル人学校があります。私は個人的にここの校長先生と出会ったことをきっかけに、龍谷大学から助成金をいただき、毎週学生有志を連れて、日本語教室のボランティアをしています。私はプロの日本語教師でもありませんし、教材も手作り、週に一回だけの授業ですから、たいしたことはできません。でも、学生たちがブラジル人の底抜けに明るい子どもたちと仲良くなり、言葉が通じないのにまるで家族のように仲良くなっていくのを見てきました。「小さなとこからコツコツと」私たちにできるのはこれしかありません。

閉鎖的な日本の政策や世論が、何の罪もない子どもたちを傷つけてしまうことは許されません。今後も、できる範囲ですが、支援活動を続けていこうと思っています。


社会が社会的なものに縛られる

冬山でたまに遭難するパーティがある。どこかで誰かが引き返そうよって言えなかったのかなと思う。

いつも思い出すのが、大学の生協食堂の話。ウチはものすごい不便な山奥にあって、まわりに店はおろか人家さえないから、昼休みの短い時間には生協食堂が超満員になる。長時間並ばないとレジにも行けなくて、苦情も多い。でも、混んでるのは昼休みになった直後だけで、休み時間の後半には割と空いてくるから、授業が終わったあと20分ぐらいどっかで時間つぶしてから食堂に行けばいいのに、って言うと、学生から、

「授業終わったらすぐにみんなでなんとなくだらだら移動するのがいつものことだから、そのときにみんなに『ちょっと20分待ってから行こうよ』なんて言えません」

って言われて、心から納得した。

大学の後輩が、名前を言えば誰でも知ってる超大手企業でケータイのOS作ってて、そのあと転職して、Googleの最終面接まで行ったのだが惜しくも落ちて、しかしそのあと、名前を言えば誰でも知ってるアメリカの超大手ソフトメーカー(本当に大手)の日本法人で、ものすごい中核的な仕事をしてたんだけど、たまたま部局ごとリストラにあって、いま転職活動中。

それだけのキャリアがあればどんな会社でもいつでも好きなとこに行けるやろ、って言ったら、

「いえ、日本の企業だと無理ですね。キャリア以前に年齢でハネられます。だから外資系中心にいま探してます」

会社によっては日本の企業でもそんなことないと思うけど、なんとなく深く納得した。

おさいが非常勤で授業してるある女子大は、大阪の下町にあるんだけど、学生がみんな地元の中小企業に入るのをものすごいイヤがってて、そういうところに正社員で入るぐらいなら居酒屋のバイトでもいい、と、せっかく大学を卒業しながらもったいないことをしてるらしい。

これも学生がちゃんと就活を考えてないっていうことなんだろうけど、大阪の下町の小さなメーカーとかを若い女子がなんとなく忌避する気持ちはなんとなくわかる。たぶん、そういうところでは、女の子はお茶汲みで、30過ぎたら退職して、仕事終わったら会社の飲み会があって、年に一回白浜あたりに慰安旅行に行くんだろう。

大学の後輩の話に戻るけど、あれだけのキャリアがあっても年齢でハネるところが(もちろん全部じゃないだろうけど)多いっていうのはもう、日本の経済はどーなるんだろうか、と思う。かわりにリクルートスーツの新卒に「即戦力」を求めたりして、もう何やってんのかぜんぜんわからん。

新卒一括採用やめたらいいのに、年齢で採用するのやめたらいいのに、男性と女性の待遇に差を付けるのやめたらいいのに、みんなでいっせいに学食行くのやめたらいいのに、って思うけど、やめられないんだろうし、人のことはぜんぜん言えなくて、俺をふくめて大学という組織でも、まったく同じことやってる。大学もいいかげん、18〜19歳のやつばっかり入れるんじゃなくて、夜間や土日にも開講して、50歳になっても60歳になっても、障害者でも貧困でも高齢者でも外国人でも、みんな自由に入ってきて、就活のことなんか考えずに好きな勉強できるようにすればいいのにと思う(そんなとこには誰も来ないかもしれないけど(笑))。

仕事してても遊んでても、要らん規則が多いな、といつも思う。俺たちの社会は、いつになったら、社会的なものから解放されるんだろうなあ。


せまりくる韓流依存症の恐怖

こないだ東京遊びにいったときに(みなさまお世話になりました)ちょっと空いた時間に新大久保のクロサワ楽器で(たぶん日本最大の)コントラバス専用フロアに行って120万円のウッドベース試奏したんですが(買いませんよ)(くそう欲しい)、そのときの新大久保の駅がもうすごかった。人が。

韓流好きなおんなのひと多いな!おばちゃんだけじゃなくて若い子もものすごく多かったぞ!! 俺が知ってる新大久保の街とはもう様変わりしてた。昔は金城武の『不夜城』っていう映画そのまんまの世界だったんだけどなー。今では健全な女子の遊び場になっている。

ほんで最近、いろんな学生としゃべったり、他の大学の教員のともだちとしゃべっててものすごい痛感するんだけど、この韓流の広がり方はほんとうに恐ろしいぐらいですよ。みなさん知ってましたか。あなたの妻も!娘も!妹も!彼女も!愛人も!母親も!みんな韓流にハマってますよ!!

これバラしちゃってええのかわからんけど(笑)、ある学生に聞いたところでは、(その学生の言い方では)見た目ふつうよりだいぶ可愛い子が、韓流にハマってぜんぜん彼氏つくらなくなって、こないだ彼氏つくったと思ったらすぐ別れて、その理由は「夜はずっとYoutube見たいのに電話かかってきてウザいから」……生放送じゃないですよ!Youtubeですよ!

他にもあるグループのツアーを追いかけてソウル→大阪→シンガポールとついてまわったり(同じコンサートですよ)、アルバイト代をぜんぶそれに注ぎ込んでる子なんかいっぱいいるぞ。

自分でも「もう現実に帰ってこれないんですよー」とか言うてるやつはまだまともで、ウチだけじゃなくて他の大学の友人も言うてたけど、レポートとか課題の提出もできなくなって学業にさしさわりが出てくるぐらいハマってるとか、あと「学生の生活のなかで最優先スケジュール」とされているアルバイトもサボっちゃったりとか、もう話を聞けば聞くほどほんとうに恐ろしい事態になっている。

いままで聞いたなかでいちばん面白かった話は。親が「特定アジア」(笑)が嫌いで、ちょっと偏見が混じった意見を持ってる親だったんだけど、その影響で「嫌韓」になった女子が、政治的意見はそのままで韓流にハマっちゃって、「○○(グループ名)の××君はめっちゃかっこいいから好きだけど、韓国は日本の国益を損ね(略)」とか真面目な顔で言ってるらしい。いつも韓流おっかけて韓国に行ってるんだけど、親には内緒で、台湾に行ってることになってるらしい。これはすごい。

最初は日韓文化交流でええことやないか〜と思ってたんだけど、あまりの依存症状態にちょっとさいきん俺も怖くなってきた。しかも韓流のアイドルって旬の時期が短くて、次から次へ新しいアイドルが生まれてくるらしくて、「いちどハマったらもう抜けられない」そうで。

ちゅーことで。そろそれこれ誰か書かへんかなと思ってるんだけど。『韓流依存の恐怖!』とかタイトルつけて新書にしたらめちゃめちゃ売れそうじゃない?

まあでも、日本と韓国が文化を通じて仲良くなるのは本当にええことですな。だいたい(上記のネトウヨ女子を除いて(笑))みんな韓国に対して良いイメージを持ってるみたいです。


ギター売ります

追記・お買い上げいただきました、ありがとうございました!(2012.1.5)

さて、ギター売ります。Godin(ゴダン)の ACS Slim SA です。


クリックすると大きな画像が表示されます。

ウッドベースを再開して何かと初期費用が必要なのと、いったんベースを本格的に初めてしまうと爪を短く切ってしまうので、もうボサノバギターは弾けなくなった、というのがこんかいこいつを売りに出す理由です。15年ぐらいボサノバやってきたんですが……しかたないです。しばらくギターに戻る予定もないし、ウッドベース用のベースアンプも欲しいし、これ一昨年ぐらいに買ってからほとんど弾いてあげてないし、ずっと置いとくのも可哀相なので、もし弾いてくれる方がいれば、ぜひ引き取っていただきたいと思います。

一昨年に15万円ほどで新品で買いました。ほとんど触ってないのでほぼ新品のままです。純正ソフトケース付き。

こんな音です。ジャズやボサノバ向きですが、ロックで使ってるプロも多いです。

http://www.youtube.com/watch?v=uugv5n8nfQs
http://www.youtube.com/watch?v=XvubZzlDrO4

このギターに、なんとこのアンプを付けます!! アンプはイギリス製の Carlsbro というちょっとマイナーなメーカーのものですが、アコースティック用のめちゃめちゃ良い音がします(パワーは足りないですが)。

http://ja.audiofanzine.com/acoustic-electric-guitar-amplifiers/carlsbro/Sherwood-Junior/medias/

このアンプは中古で5万で買いました。

できれば引き取りに来てほしいですが、関西近辺なら直接電車で持っていきます(楽器を配送するの怖いので(笑))。上記のアンプ付きで、8万ぐらいでどうでしょうか(応相談)。ギターだけでも、という方もお待ちしております。

ご連絡をお待ちしております。こちらのメールまで。
kisi あっとまーく sociologbook.net


あけましておめでとうございます

今年も仕事がんばります。

一昨年はついった、去年は Facebook ばっかりやってた(http://www.facebook.com/sociologbook)。今年はもうすこしソシログを書きたい。

去年いちねん、一緒に酒を飲んでくれたひとたち、一緒に音楽を演奏してくれたひとたち、ほんとうにありがとう。今年もよろしくです。

去年はいろんなことがあった。20年ぶりにウッドベースを再開したり、地元で再開発計画が持ち上がって反対運動を展開したり(笑)。くわしくはFBで書いてますが、再開発の件は落ち着いたらぜんぶここで書きます。

とりあえず今年は単著とウッドベースやなー。春ごろにライブのお話がいくつかあります。またいろんなとこで告知させていただきますので、ヒマなひとは来てね。