カレーと春巻き

風邪で仕事を休んでいる。のに、自宅の書斎で仕事をしている。なにかおかしい。でもしょうがない。

ときどき手を休めてネットでうだうだする。Twitterはエゴサーチと告知だけ(うざかったらごめん)、Facebookは愚痴を書く。おもにはてブとTumblrからいろんなところに飛ぶ。

このひとの極端に静かで寂しい写真が好きで、気がつくと1枚の写真を5分ぐらい見てたりする。

http://williambroadhurst.tumblr.com/

とくにこの1枚に目が止まった。

http://williambroadhurst.tumblr.com/post/128769158460/stawell-vic

耳を叩く風の音まで聞こえてくるようだ。足元から冷えてくる。

ふと、この場所を探したくなった。キャプションには「Srawell, VIC」と書いてある。検索するとそこはオーストラリアの、内陸の、とても小さな街だ。人口はわずか6000人。

https://en.wikipedia.org/wiki/Stawell,_Victoria

鉄道の駅がぽつんとひとつあるだけの、小さな小さな街。

https://www.google.co.jp/maps/@-37.061106,142.7731273,15.61z

写真には小さく「National Hotel」と書いてある。ほんとうに実在するのか半信半疑で検索する。

https://goo.gl/CFSUOJ

あった(笑)実在した。ちょうど駅前だった。ストビューで見ると、ほんとうに(当たり前だが)写真の通りだ。

https://goo.gl/maps/Tj9prwAH2aE2

だが、ホテルではなく、いまはレストランとして経営しているようだ。しかも中華料理。

https://goo.gl/QddWro

まず「National Hotel」で検索すると、Trip Adviserのレビューが出てきた。やっぱりレストランみたいだ。「安くてうまい」「さんざんな目にあった」みたいなことがいろいろ書いてある。

http://www.tripadvisor.com.au/Restaurant_Review-g261666-d4052787-Reviews-National_Hotel-Stawell_Grampians_Victoria.html

「Ming’s Oriental Chinese Restaurant」でも検索すると、いろいろ出てくる。

https://www.google.co.jp/search?q=Ming%27s+Oriental+Chinese+Restaurant

そしてFacebookを発見(笑)

https://www.facebook.com/pages/Mings-Oriental-Chinese-restaurant-Stawell/1414954768760946

とりあえず「いいね」しておいた。

まさかこんな日本の大阪の片隅の、オーストラリアなんか行ったこともないおっさんが、こんなオーストラリアのヴィクトリア州の片隅のStawellという、いま初めて知った小さな街で、おそらく古いホテルの建物を買い取ってMingさんという中国系らしいひとが経営する小さな小さなレストランのFacebookページに「いいね」するとは、世界の誰も想像もしなかったことだろう。だからといってこのことには深い意味などどこにもない。ただ偶然でそうなっただけだ。

たぶん死ぬまでここに行くことはないだろうし、Mingさんに会うこともないろうし、「このあたりでいちばんうまい」とレビューに書かれているカレーと春巻きを食べることもないだろう。

カレーってどうやって食べるんだろう。やっぱりカレーライスなんだろうか。

最初にあの写真を見たときは、とても寂しい、無人の、寒々としたものを感じたが、実際にはこのあたりは、それなりにひとが住んでいて、働いたり遊んだり寝たり結婚したり離婚したり、古いホテルの建物で中華料理のレストランを開いたりしてるのである。

子どもを憎悪する人びと

おそらく、たくさんの人が、すでに同じことを書いていると思うけど。

「シリア難民中傷風刺画について、今までの流れ」(『東京育児日記──子どもが寝ているあいだに書くブログ』)
http://yuco.hatenablog.jp/entry/2015/10/05/000019

yucoさんもrnaさんもすごい。ほんとにすごい。俺も何度でも報告しよう。

それにしてもひどい話だが、このイラストを最初に見たときから、怒りや悲しみとともに、なにか手応えのない、意味のわからない、もやもやとしたものを感じていた。作者のレイシスト的な意図はよくわかるのだが、その意図を実現するための手段として考えると、理解できないところが残る。もちろん意図も何も、最初からまったく理解はできないのだが、それにしても、差別的表現としてはなにかこれまで見た(見させられた)ものと異質なところがあると感じた。

この絵は、レイシスト的なひとから共感を得ようとしているし、あわよくばそれほどでもない人びとに対しても、難民や外国人に対する反感を与えようとしている。

この絵で?

憎悪を煽る表現っていうのは、憎悪や差別の対象を、ことさらに強く、「悪そうに」描く。あいつらは悪いやつだ。俺たちは被害者なんだ。こっちからやらないと、先に俺たちがやられてしまう。

そういうふうに見えなかった。かわいらしい女の子が、汚れた顔をして、汚れた服を着ている。「人の金うんぬん」という文章も、最初読んだときは、むしろ暴力的な体験をしてそう考えるようになってしまったとしたら、それはとても辛いことで、だから難民はやっぱりちゃんと受け入れて、人権や生活を保証するべきだとすら思った。

しばらく見続けてから「あ、これ逆か」と気づいた。

あの絵は、悪くて強くてずる賢くて、暴力や犯罪も厭わないような、汚らわしい存在として描かれている。私たちにとっての脅威として、外部からの侵略者として描かれているのだ。そして憎悪を煽っている。

ずっと考えていたのだが、なんとなくわかってきた。作者は、あるいはあれを拡散してる人びとは、10歳にもならないような小さな女の子を、外国人だから、汚い難民だからといって、憎悪すらできるような人びとなのだろう。お腹を空かせた、汚れた服を着た子どもを。