大事だけど、そのすべてではない

社会学者や評論家や作家で、ふだんリベラルなことを言うのに、性的な領域に関する話題になるととたんに「ロマンティシズム全開」になるおっさんがいる。

ふだんは個人主義的で合理主義的なことを発言するのに、「性」、あるいは「女」についてのことになると、とたんに「ただのおっさん」になる。

たとえば、労働市場における女性の不利な扱われ方についての議論をしているときに、こういうおっさんはよく、「女性を『男性なみ』にすることは、女性が本来持っている役割を否定することにつながる。悪しき平等主義だ!」とかいうことを言う。

古典的といえば古典的だが、いまだにこういうことを言うおっさんはとても多い。

最近笑ったのが、これ。

島地勝彦の「遊戯三昧」 「絆す」の読み方、わかりますか? 2人の伝説的編集者が明かす人間関係の奥義──第13回ゲスト:松岡正剛さん(後編)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48534?page=3 (3ページめ)

島地 そう、プールに行ったら必ず、250メートルは後ろ歩きします。

松岡 なんだ、案外、健康に気を使ってるんじゃないですか。

島地 健康というより、鍛錬です。シングルモルト、葉巻、肉、女。人生を充足させる4つの要素を楽しむための鍛錬とお考えください。

人生を充足させる4つの要素が「シングルモルト、葉巻、肉、女」であることにも笑ったが、そのためにしていることが「プールで後ろ歩き」である。おっさんというより完全におじいちゃんだ。段差に気をつけてね。

性的なもの、あるいは女性そのものに対するこうした「男のロマン」(笑)には、逆に、性的なものなしでは自分自身さえ保てないような、おっさんの過剰な思い入れが感じられる。

いつも思い出すことがある。

高校のときに、生物の先生が授業中、生殖の話をしてて、男子校だったこともあり教室がけっこうザワザワしたのだが、そのときにその先生が、いつも温厚な先生だったがそのときも穏やかに、語りかけるように、おまえらな、若いからしょうがないけどな。たしかに、性的なものは、大事なことだよ。だけど、人生にとって、性的なことなんて、ごく一部でしかないんだよ。それは大事なことで、おろそかにしちゃダメなことだけど、でもそれは、人生のぜんぶじゃないんだよ。

って言ったのが、ふだん授業なんてぜんぜん聞いたこともなくて、そもそも高校のときから授業なんかサボりまくってたけど、それでもなんか妙にそのとき感動して、だからいつまでも覚えてる。

とても大事な人生の一部だけど、でもそのすべてではない。

いまだによくわからないけど、なんか妙に、その一言を、ずっと覚えている。


コーヒーの性別

私もまだまだ、ジェンダー・バイアスに縛られている。いろいろ勉強してるつもりにはなっていても、ぜんぜんダメである。いまこれを書いているのは梅田のシェアオフィス(あるいはコワーキングスペースともいう)だが、カフェよりもこっちのほうが他のみんなも仕事してるので自分も仕事に集中できるのでよく使うんだけど、さっき受付で誰もいなかったので、すぐ目の前で机をクロスで拭いていた若い女性に「あの、すいません」って言ったら苦笑されて、他のひとを呼びにいった。

あっっっっっしまった、スタッフじゃなかったのか……

もちろん、「机を拭いていたから」そう思ったんだけど、いうまでもなく「若い女性だったから」という部分がないかっていうと嘘になる。すいません、ジェンダーバイアスめっちゃありました……。

その女性には「すみませんすみませんすみません……」と平謝りしたが、しばらく私の顔は真っ赤になっていたと思う。めっちゃ汗かいた。

私の連れ合いもよく、大学の事務室で「院生あつかい」されるという。「いちおう准教授なんやけどな! 特任だからか! 特任だからこういう扱いなのか!」と、なんか理不尽な感じでいつも怒っている。

一方で、自分がそういうふうに見られることもある。これ、前から気になってて、こないだ連れ合いと「そうだよね? 多いよね?」と笑ったのだが、私はこんな汚いむさくるしいおっさんだが紅茶が好きだ。笑うがいい。コーヒーより紅茶が好きです。そして連れ合いは無類のコーヒー好きである。朝も必ずコーヒーだし、夜中にいきなりコーヒーを飲むこともある。私は匂いだけで眠れなくなってしまう。

ふたりで外で食事をしたとき、食後の飲み物を、私はかならず紅茶、連れ合いはかならずコーヒーを頼むのだが、120%ぐらいの確率でかならず、ウェイターやウェイトレスさんが、コーヒーを私のほうに起き、紅茶を連れ合いのほうに置く。「いや、逆です」というと「失礼しました」と言って置き直す。

これ、前からすごい気になってる。なんでコーヒーが男で、紅茶が女なんだろう…………


ナポレオンの帽子

こないだ昼の15時半から飲んだ。高齢者の方がたと一緒だったので、そんな時間になった。そしてそういう時間から空いている店が、梅田にはたくさんある。

そこで十三の話になった。

おれ最近、十三のトミーズっていうお店で演奏させてもらってるんですよ。

せんせい、音楽やってまんの

そやねん。ジャズの演奏してんねん。

またかっこよろしな。

いやかっこわるいで。でな、そこで、そのビルのオーナーに紹介してもろてん。

うん。

そのビル、ナポレオンプラザっていうねんけど、いまどき「アルサロ」とか、ポールダンスのバーとかあんねん。女の子がビキニで踊ってるねん。めっちゃおもろいで。

よろしなー

めっちゃおもろいで。で、演奏終わったあとのお店で飲んでるときに、ビルのオーナー紹介してもろてん。で、オーナーさんから、「ナポレオンプラザ」っていうビルの名前の由来聞いてん。

うん。

あのな、先代のオーナーが、えらい何千万円で、ナポレオンの帽子を落札したらしわ。

ナポレオンの帽子、そんなにしますの。

ほらするやろ。実際にかぶってた帽子やで。

あー、ナポレオンが実際にかぶってた帽子そのものでっか

そやねん。それで、ナポレオンプラザいう名前にしたらしいで。

へええええええ

でな、まだ続きがあるねん。その先代のオーナー、めっちゃ太っ腹なひとでな。当時、大阪の景気もよかったんやろな。その帽子を落札したあと、フランス政府に寄贈したらしわ。

ひえええええええ

でな、その寄贈式をやるいうて、十三の淀川の河川敷で、ひと集めて、たぶんフランス大使館とかも呼んだんやろな、そこで寄贈式して、そのときに花火やったんやで。

うん。

で、それが、いまもやってる淀川花火大会のモトらしで

(その場の全員)「そんなうまいことできた話があるかいな…………」

いやいやあるねんて。ほんまやねんて。オーナーさん言うてはったんやて。

(その場の全員)「さすがにうそやろ…………」

いやいやいやいや

     *  *  *

ナポレオンプラザのFacebookはこちら。
https://www.facebook.com/jusonapoleonplaza

ビルの主力店舗(笑)「アルサロふうりゅう」のFacebookはこちら。
https://www.facebook.com/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%83%AD-%E3%81%B5%E3%81%86%E3%82%8A%E3%82%85%E3%81%86-916862628351000/

いつも平野達也トリオで演奏させてもらってるトミーズはこちら。
https://www.facebook.com/Pianobartommys/

2015年の1月は4回出演しまっせ。どうぞごひいきに。詳しくはお店のページで。


生駒が見える日

きょう、銀行で2時間もローン借り換えについて相談して、疲労困憊した。ああいう事務的な話は普段慣れてないので本当に疲れる。事務仕事は、大学でも失敗ばかりだし。ほんとうに苦手。

対応してくれたのが若い銀行員の男子で、いまどきのイケメンだったんだけど、新卒で、はじめての客だったので、先輩も横について、たどたどしく説明してくれた。普段ならいろいろツッコミを入れるところだけど、実は俺のゼミの卒業生が毎年のようにたくさん銀行や信用金庫に就職していて、あああいつらもこんなことやってんだな、と、なんかしみじみした。

こないだからしみじみしてばっかりですが(前回のエントリ参照)。

頭がくらくらしたので、連れ合いの「おさい」とふたりで、帰りに遠出して、淀川まで散歩した。きょうはたまたま、ものすごく空気が澄みわたっていて、遠くのほうまではっきりと見えた。広い淀川の対岸の堤防を歩く人の姿まで見えた。

きょうは空気が澄んでるな。

ほんまやな。

生駒山の上のテレビ塔のアンテナまで見えるわ。

あ、ほんまや。

ここで急に、30年近く前のことを思い出した。大学に入ったばかりのとき、ジャズ研のピアノの平野くんと、ボーカルの向井さんと3人で、よく遊んでいたのだが、当時の下宿も淀川の近くで、よく缶ビールを持って散歩してた。

そのときも空気が澄んでいたのだろう、だれかが、きょうは生駒山の上のテレビ塔のアンテナまで見えるな、と言った。あ、ほんまやな。きょうはよく見えるな。

2年ぐらい前に、同じ学科の先輩教員と、沖縄で飲んだことがある。毎日のように顔を合わせて会議やら何やらしているひとと、1000キロぐらい離れた那覇の栄町でべろんべろんになった。ふだんしょっちゅう会ってるひとと、遠く離れたところで飲む。とても奇妙な感じで、とても面白かった。ここには時間の差はなくて、空間の距離だけがある。

きょう、淀川の同じ場所で、同じ言葉を聞いた。空間的には同じ場所で、時間だけが30年ちかくも経っている。

銀行でローンの借り換えの話をしたときに、返済の計画のシミュレーションをしてもらった。あなたの人生はあとこれだけですよ、と言われた気がした(みんなそう感じると思う)。

12月の夕方に散歩していると、日が短くてすぐに暗くなるし、みんな忙しく何かの準備をしていて、街がせわしない。中高生が友だち何人かでふざけながら、自転車で通り過ぎていく。スーパーでは安売りをしていて、客でごった返している。こうやって1年が終わっていく。

こないだからしみじみしっぱなしである。

そういえば、そのピアノの平野くんと、いまピアノトリオでいろんなところで演奏している。大学のときと同じように、大学のときと同じメンバーで、大阪のいろんなところのバーやライブハウスで演奏してると、時間も空間もずっと同じところにいるみたいな、めまいがするような、妙な気分になる。

IMG_5309 IMG_5318 IMG_5320 IMG_5322 IMG_5331 IMG_5334 IMG_5343 IMG_5350

クールテックと豚玉

ちょっと大事な会合があって、さっき仕事が終わってから鶴橋に行ってきた。

小腹が空いていたので、まえから気になっていたお好み焼き屋にひとりでふらっと入って、豚玉を注文。

作業服のおっちゃんが酔っぱらって、店のおっちゃんとおばちゃんと、ずっとどうでもいい話をしてる。それを聞きながら豚玉を食う。

あのな。ユニクロのクールテックってあるやんか。

あるな。

ヒートテックちゃうで。クールテックやで。

クールテックやな。

そうや。

あのな、それでな。クールテックってな。

うん。

冬に着ると、めっちゃ寒いねんで。

あまりにもどうでもいい話だったので、つられて俺も大声で笑ろてしもた。そしてつい、おばちゃん、こっちにもビールくれ。アサヒちゃうで。キリンやで。

というわけで、会合の前にいっぱい引っかけることになった。

豚玉、めっちゃくちゃうまかった。
豚玉、めっちゃくちゃうまかった。
お好み焼きとたこ焼きとうどんと串カツとおでんあります。
お好み焼きとたこ焼きとうどんと串カツとおでんあります。

 

大阪で暮らしてよかったと思う瞬間である。

クールテックは冬に着ると寒い。

 

 

大阪に出てきてからもう30年。ワイも一生ここで暮らすんや。


にゃーのウィルスと貧乏ゆすり

さっき研究室に学生がふたり遊びに来てて、ちなみにカップルなんだけど(笑)、彼氏がガタガタ貧乏ゆすりしてるのを彼女がその膝を叩いて「貧乏ゆすりやめーやー」と言った。

なにお前ら夫婦みたいやねんな(笑)。

わたし貧乏ゆすり嫌いなんですよー。先生も貧乏ゆすり嫌いでしょ

いやー、そういや歳のせいか、おれのまわりで貧乏ゆすりするやつさいきん見んな。おれもしないし。

あー、じゃあもう貧乏じゃなくなったんですね。

なんか知らんけど、笑いながらもグッときた。しみじみしてしもた。そんなに意味はない。こういうのに意味なくいちいちしみじみする年齢なんだろう。

そういえば、先週も、2回生あいての少人数のゼミで、2回生ももう12月になると、学生生活も半分終わりやな、という話をしてた。

どうやねん、キミらもう大学生活半分終わってんねんで!

わー、いややー

まあ、おれなんかもう人生の半分以上終わってるけどな。

ここでも笑いながらなんか知らんけどしみじみしてしもた。おれももういつのまにか48歳で、人生の半分以上使っちゃったんだな。頑張ってもあと生きて30年か40年だろう。そのあとはもう死ぬだけ。

若いときみたいな貧乏ゆすりこそしなくなったけど、さいきんはよくため息をつくようになった。いままでなかったことだ。家に帰ってきてダイニングテーブルのチェアにどっかりと座ると、はぁぁぁぁああああと、深いため息が出る。

ため息と一緒に、にゃーとか、どっこらしょとか、やれやれまったくとか、にゃーとか、にゃったにゃんきちにゃったったとか、そういう意味のない声が出る。こういう声が出るようになると、もう人生も残り少なくなっているんだろうと思う。

まだ48歳で「残り少なく」ってこともないけど、さいきんは連れ合いが死ぬことばかり想像する。体力的にいってたぶんおれがひとりで残るので、そうなったら淀川が見える本庄か長柄か豊崎か中津の小さなアパートで、ひとりで古本でも読んで暮らそうと思う。そして野良猫に餌をやるのである。なぜなら、その歳で猫を飼うと、最後までちゃんと飼ってやれないからだ。

こないだ学生が、先生があんまりにゃーにゃー言うから、うつっちゃいましたよーと言っていた。ゼミ中にそんなににゃーにゃー言うてるかおれ。言うてます。

知らんかった。授業中に無意識で「にゃー」とかつぶやいているようだ。

もっとたくさんの学生に「にゃー」が広まって、にゃーウイルス感染者も増えて、おれが死んだあとでも「にゃー」だけが生き残って世の中に広がっていけばよい。

もちろん「にゃー」とつぶやくやつはおれだけじゃないけど、にゃーウィルスの遺伝子の何%かは岸政彦に由来します、ということになったらよい。


この程度でよい

さいきん気づいた小さなこと。

いまでこそ極端な嫌煙家になってますが(スナック・バー・居酒屋を含むすべての飲食店を完全に禁煙にせよ)、もともとはかなりのスモーカーでした。ハイライトとクールのメンソールを吸っておりました。

10年以上前にすっぱり止めたんですが、禁断症状で苦しんでいるときに、ふと短くなった鉛筆(鉛筆派です)を口にくわえて、小さな消しゴムをライターにみたてて火をつけるふりをして、おもいっきり吸い込むと、禁断症状がすーーっとラクになりました。

あ、こんなんでええんや。これぜんぜんタバコのかわりになるわ。

そのあとしばらく、ずっと消しゴムで鉛筆に火をつける真似をしてすぱすぱ吸っておりました。すぐ禁煙できた。

もちろん個人差というか、人によるとおもいますが。こんなんでええんや、と思った。

さて、酒のほうはあいかわらずだいぶえらいこと飲んでおりますが、さいきんさすがに体のほうがついてこんようになった。もう48歳だからな俺も。早いもんだな……ついこないだまで20代後半で、黒木掲示板でインテリのみなさんに遊んでもらってたのに……

なんか酒飲むのもしんどいな、でもバーとか行ったら、ついつい飲みたくなっちゃうしな。

そう思って自宅でロックグラスに炭酸水入れて氷入れてライムを絞って入れたら、あ、ぜんぜんこれでええわ。ぜんぜん酒飲んでる気分になるわ。

こんなんでいいんですね人間。この程度でよい。

image1
完全に酒。

というわけで、さいきん気づいた小さなことでした。

関係ないですが、自宅のリビングのソファ類をぜんぶ処分して、かわりに大きなテーブルにしました。ここでずっと仕事して飯くってコーヒー飲んで、一日中ここにいます。なかなか快適です。寝たくなったら寝室に行きます。もうソファいらん。

FullSizeRender
椅子がバラバラ
IMG_4557
寝室で寝てたおはぎが起きてきて、テーブルに驚いているところ。好奇心と警戒心でいっぱいになっている。
IMG_4949
あしもとに電気ストーブを置いたら当然のように占領しにきたおはぎときなこ。

カレーと春巻き

風邪で仕事を休んでいる。のに、自宅の書斎で仕事をしている。なにかおかしい。でもしょうがない。

ときどき手を休めてネットでうだうだする。Twitterはエゴサーチと告知だけ(うざかったらごめん)、Facebookは愚痴を書く。おもにはてブとTumblrからいろんなところに飛ぶ。

このひとの極端に静かで寂しい写真が好きで、気がつくと1枚の写真を5分ぐらい見てたりする。

http://williambroadhurst.tumblr.com/

とくにこの1枚に目が止まった。

http://williambroadhurst.tumblr.com/post/128769158460/stawell-vic

耳を叩く風の音まで聞こえてくるようだ。足元から冷えてくる。

ふと、この場所を探したくなった。キャプションには「Srawell, VIC」と書いてある。検索するとそこはオーストラリアの、内陸の、とても小さな街だ。人口はわずか6000人。

https://en.wikipedia.org/wiki/Stawell,_Victoria

鉄道の駅がぽつんとひとつあるだけの、小さな小さな街。

https://www.google.co.jp/maps/@-37.061106,142.7731273,15.61z

写真には小さく「National Hotel」と書いてある。ほんとうに実在するのか半信半疑で検索する。

https://goo.gl/CFSUOJ

あった(笑)実在した。ちょうど駅前だった。ストビューで見ると、ほんとうに(当たり前だが)写真の通りだ。

https://goo.gl/maps/Tj9prwAH2aE2

だが、ホテルではなく、いまはレストランとして経営しているようだ。しかも中華料理。

https://goo.gl/QddWro

まず「National Hotel」で検索すると、Trip Adviserのレビューが出てきた。やっぱりレストランみたいだ。「安くてうまい」「さんざんな目にあった」みたいなことがいろいろ書いてある。

http://www.tripadvisor.com.au/Restaurant_Review-g261666-d4052787-Reviews-National_Hotel-Stawell_Grampians_Victoria.html

「Ming’s Oriental Chinese Restaurant」でも検索すると、いろいろ出てくる。

https://www.google.co.jp/search?q=Ming%27s+Oriental+Chinese+Restaurant

そしてFacebookを発見(笑)

https://www.facebook.com/pages/Mings-Oriental-Chinese-restaurant-Stawell/1414954768760946

とりあえず「いいね」しておいた。

まさかこんな日本の大阪の片隅の、オーストラリアなんか行ったこともないおっさんが、こんなオーストラリアのヴィクトリア州の片隅のStawellという、いま初めて知った小さな街で、おそらく古いホテルの建物を買い取ってMingさんという中国系らしいひとが経営する小さな小さなレストランのFacebookページに「いいね」するとは、世界の誰も想像もしなかったことだろう。だからといってこのことには深い意味などどこにもない。ただ偶然でそうなっただけだ。

たぶん死ぬまでここに行くことはないだろうし、Mingさんに会うこともないろうし、「このあたりでいちばんうまい」とレビューに書かれているカレーと春巻きを食べることもないだろう。

カレーってどうやって食べるんだろう。やっぱりカレーライスなんだろうか。

最初にあの写真を見たときは、とても寂しい、無人の、寒々としたものを感じたが、実際にはこのあたりは、それなりにひとが住んでいて、働いたり遊んだり寝たり結婚したり離婚したり、古いホテルの建物で中華料理のレストランを開いたりしてるのである。


子どもを憎悪する人びと

おそらく、たくさんの人が、すでに同じことを書いていると思うけど。

「シリア難民中傷風刺画について、今までの流れ」(『東京育児日記──子どもが寝ているあいだに書くブログ』)
http://yuco.hatenablog.jp/entry/2015/10/05/000019

yucoさんもrnaさんもすごい。ほんとにすごい。俺も何度でも報告しよう。

それにしてもひどい話だが、このイラストを最初に見たときから、怒りや悲しみとともに、なにか手応えのない、意味のわからない、もやもやとしたものを感じていた。作者のレイシスト的な意図はよくわかるのだが、その意図を実現するための手段として考えると、理解できないところが残る。もちろん意図も何も、最初からまったく理解はできないのだが、それにしても、差別的表現としてはなにかこれまで見た(見させられた)ものと異質なところがあると感じた。

この絵は、レイシスト的なひとから共感を得ようとしているし、あわよくばそれほどでもない人びとに対しても、難民や外国人に対する反感を与えようとしている。

この絵で?

憎悪を煽る表現っていうのは、憎悪や差別の対象を、ことさらに強く、「悪そうに」描く。あいつらは悪いやつだ。俺たちは被害者なんだ。こっちからやらないと、先に俺たちがやられてしまう。

そういうふうに見えなかった。かわいらしい女の子が、汚れた顔をして、汚れた服を着ている。「人の金うんぬん」という文章も、最初読んだときは、むしろ暴力的な体験をしてそう考えるようになってしまったとしたら、それはとても辛いことで、だから難民はやっぱりちゃんと受け入れて、人権や生活を保証するべきだとすら思った。

しばらく見続けてから「あ、これ逆か」と気づいた。

あの絵は、悪くて強くてずる賢くて、暴力や犯罪も厭わないような、汚らわしい存在として描かれている。私たちにとっての脅威として、外部からの侵略者として描かれているのだ。そして憎悪を煽っている。

ずっと考えていたのだが、なんとなくわかってきた。作者は、あるいはあれを拡散してる人びとは、10歳にもならないような小さな女の子を、外国人だから、汚い難民だからといって、憎悪すらできるような人びとなのだろう。お腹を空かせた、汚れた服を着た子どもを。


中洲の沖縄

何年か前だけど、福岡に出張したとき、仕事が終わって同僚や先輩教員と中洲で飲んでて、まあふつうにもつ鍋とかすごい美味しくて、博多楽しいなあと思った。

1軒めを出て、ほかの教授たちは飲みにいこうとか言ってたけど、俺はひとりで飲み歩きたくて(同僚と飲んでもつまらんよね(笑))、ホテルに帰りますって嘘ついて、ほろ酔いで中洲をぶらぶらした。鉢合わせしたらそのときはそのとき。

那珂川にうつる博多の街のネオンがとても美しくて、良い気分で、川沿いにあった小さなショットバーにふらっと入ると、カウンターの中にきれいなねーちゃんがいた。

一杯飲みながら喋ると、沖縄出身だという。父親は米兵で、子どものときは、それで相当いじめられた。

たしか進学かなにかをきっかけに福岡にやってきて、そのまましばらく居着いて、いろんなバイトをしながら、ぶらぶらと暮らしている。

沖縄の実家にはあんまり帰ってない。将来も、帰りたくない。

お客さんはどこから? 関西?

うん、大阪。おれ大学の先生で、沖縄の勉強してるねん。

うそーすごい。

いやすごくない。

福岡の中洲のショットバーで、ずっと沖縄の話。

そういえば、宮古のおばあがやってるスナックがあるさー。いつのまにかねーちゃんもウチナーグチがちょっと出てる。

おお、いくわ。紹介してよ。

紹介するほど知らないんですけど、場所とか名前はわかりますよ。

ほんまにありがとな、この店もまた来るわな。

はい、ぜひ。お待ちしてます。

店を出て、近くのスナック街へ。中洲の盛り場はほんとうに規模もでかくて、迫力がある。

教えてもらった昭和なスナックに飛び込みで入ると、ママがえらい驚いた感じ。

ごめん一見やねんけど、大丈夫?

あ、どうぞどうぞ。

ごめんごめん。ほなビール。なんかいまびっくりしてたよね? 一見さんほんとはダメな店?

いえいえ、そうじゃなくて、「集金」かと思った。

いやいや…………

というわけで、「そこのショットバーで、ここが宮古島のご出身だって聞いたから来た」っていったら、えらい歓迎してくれて。店に来てたほかのおっさんともだいぶ喋ったり飲んだり歌ったり飲んだり喋ったり飲んだり飲んだり。

ママは宮古から博多に出てきてもう40年ぐらいになる。そのあいだ、ほんとうにいろいろあって、あんまり帰ってない。もうすこし歳をとったら、この店をたたんで、故郷でのんびり暮らしたい。

べろんべろんになって、そのあたりになると、ママから「お客さん、お仕事何されてるの?」って聞かれても、笑顔で両手をひろげて「何やってるように見える〜?」って言うぐらいにはうざい客になっていました。

おれ、もうすぐヨメさんと宮古島行くんだよね、って言うと、ママがものすごく喜んで、その場で宮古島でスナックやってるイトコに電話してくれた。「もうすぐ大阪の岸さんって方がそっち行くから」紙ナプキンに店の場所と名前を書いてくれた。

記憶があんまりないけど、そのスナックを出て、ひとりでもう一軒行ったような気がする。

ホテルまでヨレヨレになって歩きながら、那珂川に映る中洲のネオンを何度も振り返って見た。はじめて博多に来て、なんかずっと沖縄の話だったな、と思いながら歩いた。

けっきょくあれから、博多には一度も行ってないし、だから、あのショットバーにも、宮古のママがいるスナックにも行ってない。

せっかく店の名前を書いてくれた紙ナプキンも、帰る頃には失くしてて、そのあとおさいと宮古島に旅行したときも、イトコさんのスナックには行けなかった。

また博多に行くときは、もういちどあのショットバーから同じコースを辿りたいけど、たぶんもう二度とあの店を見つけることはできないと思う。

でも、あのねーちゃんも、ママも、どっかでなんかして、生きているんだろう。

年末あたり、また中洲に飲みにいこうかな。