橋下徹は美魔女である

美魔女っていうひとたちがいるらしく、まあ広告会社がなんかやってるだけだと思うんだけど、たまに雑誌に載ったりネットで流れてきたりする。めっちゃおもしろいし、なかには「すごい!」っていうひともいる。

で、こういうエクストリームな企画(笑)は反発されることも多く、そこらじゅうで陰口叩かれてたりする。そういうのも織り込み済みで企画してるんだろう。

なんとなくだけど、さらっと見ただけの印象だけど、なんとなく40過ぎても若くて可愛いままでいたい、っていうだけじゃなくて、ほとんどの美魔女タレントさんが、自己実現とか成長とか出会いとか、そういう要素というか属性というか主張というか、そういうものを混ぜてるみたいだ。

このへんが支持されるところでもあり、反発をくらうところでもあるんだろうと思う。

あるゼミ生女子が「女子力」という言葉で面白い卒論を書いたんだけど、ここ20年ぐらいの雑誌の記事や広告を調べ上げて、「女子力」ということばのなかに、ただ女として可愛くてモテるっていうだけじゃなくて、同時に仕事ができてコミュ力も高い、っていう意味が含まれてることを書いていた。面白いと思う。女も社会参加しないといけなくなってるんだけど、でもそれは「女であるままに」そうなんだろうか。

「商品」としての、あるいは「つくりもの」としての美魔女タレントが言う自己実現についてマジレスしてもしょうがないと思うが、だいたいこういうときの自己実現って、「心理学を学ぶために社会人大学院に入学する」ならかなりまともだけど、なんかちゃらちゃらしたカタカナ横文字の、何の役に立つのかもひとつわかんないような資格取るためのスクールに通うとか、そんな感じで、金持ちのお遊び感が半端ない。

いま「半端ない」ってブログで初めて使いましたけども。

ゼミの学生、とくに女子学生でも、美魔女企画に対して違和感をもつやつが多くて、雑談のときにいろいろ話を聞いてると面白い。どのへんがイヤなの? って聞くと、ものすごい答えに困ってる。

違和感あるっていう学生から出てくることばが、「いい歳してみっともない」とか、そんなんだったりする。で、それは言うたらあかんのちゃうかな、それって「25すぎた女には価値はない」とか、そういう言い方とどこが違うんやろ? っていうと、よけい困ったりしてる(笑)

美魔女への違和感の面白さって、うまく言語化できないところにあるんだよね。俺もうまく言えない。こういう一見ちゃらちゃらしてるようにみえる自己実現だって、それ自体は別に悪いことじゃないし。

どっかもやもやした、なんかウソっぽいなっていう感覚があって、それを言語化しようとすると、とたんに「単なる保守的な意見」になっちゃう。たとえば「いい歳してミニスカはくな」とか。でもミニスカートははきたきゃいくつになってもはけばいいんだよ。ほんとはね。「でも、そのミニスカはないんちゃうか」っていうのが、すごく言語化しにくい。けっきょく「いい歳してみっともない」みたいな言い方になっちゃう。

それはたぶん、美魔女タレントの企画が、いま現在俺たちを縛ってる規範への抵抗っていう形をまとってるからかな、って思う。

美魔女っていうのは、「年齢でひとからの評価がまったく変わってしまうことはイヤだ」とか、「主婦とかキャリアOLとかっていう不自由な枠組みから抜け出して、ほんとの自己実現をめざしたい」とか、それじたいはすごくみんなが共感するようなところから出発してるんだよね。

でも、なんとなくそこで言われてる自己実現って、ほんとにそれでいいのかな、って思うようなことが多いし、あと「いくつになっても女でいたい」っていうのは、ものすごく正当で真っ当な、肯定すべき欲望だと思うけど、でもそれは20代の女性と同じ体型を維持して同じ服着て同じ巻き髪にするっていうだけのこととは違うんじゃないかなあ、って思うことも多い。

だから、俺たちがそれに対する違和感を表明するときに、一周回って、俺たちを縛ってる規範と同じような言い方になっちゃうのかもしれない。

美魔女のほうは「抵抗の仕方が保守的」だし、それに対する違和感も「批判の仕方が保守的」になってしまう。こういう事態って、もし俺の妄想じゃなければ(笑)、どうやって一言で表現したらいいんだろう。

ここからむりやりに橋下維新の会の話になるんだけど……「保守的な抵抗」、っていえば、やっぱりさいしょに思い浮かぶのがこの人たちだ。官僚制打破とか、既得権益粉砕とか、そういう革命的なことを言ってるんだけど、やってることはものすごい保守的だったりする。日の丸君が代強制とか。

それに対して批判するときに、共同体を解体するなとか、教育現場の独立性を守れとか、どうしてもそういう話になるんだけど、町内会や自治会、商店街が地元でどんなことをしてるかについて、個人的事情から(笑)よく知ってる俺は、なんかちょっとそれも違うなあと思うし(このへんのことはちょっとだけここで書いたことがありますが)、ものすごく独立した教育現場で体罰やらセクハラやらいろんな問題が起きてるんだなっていうことは、もうほんとにみんな思ってることだと思うんだよね。だから橋下に対する批判がなかなか票につながらないのも、そういうことなんだと思う。批判するときに持ち出してくるのが、めっちゃ古い、時代遅れのものだったりするよね。組合とか。まあ組合大事だけど。

「なんとなく似てる」以上のたいしたオチがあるわけではないので、以上で簡単ではございますが私のエントリとかえさせていただきます。タイトルは釣りです。