ルーカスっつっても映画監督の名字じゃない。コレジオ・サンタナに去年までいた中学生の男の子の名前。
ものすごいイケメンで、やたらとサッカーが上手く、ウチの大学にみんな招いてサッカー大会をしたときも、ルーカスがドリブルをしだすとウチの女子どもがいっせいに騒いで写メを取り出して、もういっぱしのアイドルみたいになっていた。
サンタナは中学までしかないから、15歳になったら卒業しないといけない。
卒業間近になったある日、とつぜんルーカスがブラジルに帰ってしまった。まだ中学も卒業していない。
どうしたの、と聞くと、実はルーカスの父親が、サッカー選手になるという自分の夢を息子のルーカスに託していて、どうしてもブラジルでサッカー選手にさせようとして、それでどこかの街のサッカークラブに入れるためにひとりでブラジルに帰したらしい。たしか姉だか従姉妹だかがいたらしいので、完全にひとりではないけれども、15歳で日本に住む両親と離れて、ほとんど記憶にもないブラジルに帰らさせられたということだった。
ものすごく心配した。サンタナの先生たちもものすごく心配していた。正直、15歳を過ぎてからサッカーの教育を受けても、ブラジルの水準にはとても追いつけないだろう。まともに学校にも行かずに、サッカーでも挫折したら、もうあとは転落するしかない。校長先生も泣いて心配していた。
そのあとしばらくして、ルーカスが地元の高校に進学したという知らせが入った。ルーカスの親戚が写真をたくさん送ってきて、俺も見せてもらった。
「ブラジルでは、気持ちの良い夕方、テラスに出てアイスティーを飲みます」と校長先生が説明してくれた。それは、ルーカスが、同年代ぐらいの友人たちと一緒に、玄関のテラスに座って、アイスティーを飲んでる写真だった。
サンタナでは、いつもちょっと不満そうで寂しそうな顔をしていたルーカスが、とてもリラックスした、男らしい顔になっていた。ああ、ブラジル人っていいな、ブラジルでの生活って、貧しくても楽しいんだな、と思った。
ウチの大学のグラウンドで一緒にサッカーをしたルーカスとは、たぶん二度と会うことはないと思うし、むこうも俺のことなんかもう覚えてないと思うけど、元気で頑張れよ。俺も日本で頑張るよ。