社会が社会的なものに縛られる

冬山でたまに遭難するパーティがある。どこかで誰かが引き返そうよって言えなかったのかなと思う。

いつも思い出すのが、大学の生協食堂の話。ウチはものすごい不便な山奥にあって、まわりに店はおろか人家さえないから、昼休みの短い時間には生協食堂が超満員になる。長時間並ばないとレジにも行けなくて、苦情も多い。でも、混んでるのは昼休みになった直後だけで、休み時間の後半には割と空いてくるから、授業が終わったあと20分ぐらいどっかで時間つぶしてから食堂に行けばいいのに、って言うと、学生から、

「授業終わったらすぐにみんなでなんとなくだらだら移動するのがいつものことだから、そのときにみんなに『ちょっと20分待ってから行こうよ』なんて言えません」

って言われて、心から納得した。

大学の後輩が、名前を言えば誰でも知ってる超大手企業でケータイのOS作ってて、そのあと転職して、Googleの最終面接まで行ったのだが惜しくも落ちて、しかしそのあと、名前を言えば誰でも知ってるアメリカの超大手ソフトメーカー(本当に大手)の日本法人で、ものすごい中核的な仕事をしてたんだけど、たまたま部局ごとリストラにあって、いま転職活動中。

それだけのキャリアがあればどんな会社でもいつでも好きなとこに行けるやろ、って言ったら、

「いえ、日本の企業だと無理ですね。キャリア以前に年齢でハネられます。だから外資系中心にいま探してます」

会社によっては日本の企業でもそんなことないと思うけど、なんとなく深く納得した。

おさいが非常勤で授業してるある女子大は、大阪の下町にあるんだけど、学生がみんな地元の中小企業に入るのをものすごいイヤがってて、そういうところに正社員で入るぐらいなら居酒屋のバイトでもいい、と、せっかく大学を卒業しながらもったいないことをしてるらしい。

これも学生がちゃんと就活を考えてないっていうことなんだろうけど、大阪の下町の小さなメーカーとかを若い女子がなんとなく忌避する気持ちはなんとなくわかる。たぶん、そういうところでは、女の子はお茶汲みで、30過ぎたら退職して、仕事終わったら会社の飲み会があって、年に一回白浜あたりに慰安旅行に行くんだろう。

大学の後輩の話に戻るけど、あれだけのキャリアがあっても年齢でハネるところが(もちろん全部じゃないだろうけど)多いっていうのはもう、日本の経済はどーなるんだろうか、と思う。かわりにリクルートスーツの新卒に「即戦力」を求めたりして、もう何やってんのかぜんぜんわからん。

新卒一括採用やめたらいいのに、年齢で採用するのやめたらいいのに、男性と女性の待遇に差を付けるのやめたらいいのに、みんなでいっせいに学食行くのやめたらいいのに、って思うけど、やめられないんだろうし、人のことはぜんぜん言えなくて、俺をふくめて大学という組織でも、まったく同じことやってる。大学もいいかげん、18〜19歳のやつばっかり入れるんじゃなくて、夜間や土日にも開講して、50歳になっても60歳になっても、障害者でも貧困でも高齢者でも外国人でも、みんな自由に入ってきて、就活のことなんか考えずに好きな勉強できるようにすればいいのにと思う(そんなとこには誰も来ないかもしれないけど(笑))。

仕事してても遊んでても、要らん規則が多いな、といつも思う。俺たちの社会は、いつになったら、社会的なものから解放されるんだろうなあ。


“社会が社会的なものに縛られる” への2件の返信

  1. 楽しく読ませていただきました。
    日ごろ、お互いに他人の動静をうかがってばかりいる社会では、単純な理由ほど
    受け入れられないように思います。
    おそらく、(目先)他人のせいにしたほうが楽に感じるせいなのかもしれません。
    いろいろな社会問題に通じるものがあるように感じます。

  2. はじめまして。素晴らしい観察眼をお持ちで、尚且つ意見も素晴らしい。あなたのような若者が同志をつどい、今のオカシイ日本を変えていけば良いと思います。というか若者がもっと激しく動かないといけないです。そういう自分は日本社会に違和感を感じてさっさとバブル時代終焉にブラジル移住してしまったどうしようもない輩ですが・・・・祖国を思う心はいまだにあります。日本再生を切に願っています。頑張って下さい。

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