「使いやすさ」について

連れ合いのさいとう(おさい)の母、つまり私の義理の母だが、が、Androidの「簡単スマホ」みたいなものを使ってたんだけど、もひとつ使い方がわからなくて、もっと簡単な高齢者向けのガラケー、字が大きかったりするやつ、に変えた。

けっきょくそれも使い方がもひとつよくわからない。

それより、自分の子や孫が、LINEやったり、Googleマップ見たりしてるのを見て、自分もそれがやりたいということになり、そのうち孫(おさいの姪っ子、大学生)が教えてあげるから、というので、けっきょく普通のiPhoneにした。

余計なアプリをぜんぶ孫が削除してあげて、残したアプリの使い方もぜんぶ教えてあげた結果、iPhoneをちゃんと使いこなせるようになった。

「使いやすさ」って何だろう、と思った。すくなくとも、この話に限っては、字が大きかったり、操作が簡単だったりするけど、そのかわり身近で誰も使ってない高齢者向けケータイよりも、身近で孫が使っている普通のiPhoneが、困ったときにすぐに聞けるから、けっきょくはいちばん高齢者にとって使いやすいケータイだったのだ。

こういうつながりがない方にとってはまた違う話になると思うけど。

もちろんこういう研究は、心理学や認知科学やエスノメソドロジーでさんざんされているんだろうと思うけど、あらためて実際の話を聞いてすごい納得した。使いやすさって、字の大きさやボタンの少なさだけじゃないんだな。


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