路上に出たつぶやきたち── 「OSAKA AGAINST RACISM 仲良くしようぜパレード」

最初に在特会が路上で汚い言葉を喚きちらしたとき、私もふくめてみんな、あんな頭のおかしな連中はすぐいなくなるだろう、世の中にたいした影響はないだろう、だいたいあんな少人数で何ができるんだ、と思っていた。

その活動がやがてひろがってきて、全国に支部ができ、関西でもひどい街宣がされるようになって、だんだんと不安になった。いったいあれは何だろう。あれは「右翼」なのだろうか? いったい何をやっているのだろう? なにが目的なんだろう?

この問題にかんして既存の組織はほとんど役に立たなかったといってよい。目立った抗議活動をするわけでもなく、ほとんどフリーハンドで活動をさせているうちに、そのうち新大久保や鶴橋という「聖地」にまで堂々と大手を振ってやってくるようになった。その段階になっても、古くからある大きな組織はなかなか動いてくれなかった。

おそらく、われわれと同じように、在特会の活動の「舞台」が見えてなかったのだろうと思う。あんな少人数で、あんな狂ったことをしているような集団は、すぐに消えてしまうだろうと、誰もが思っていたのだ。

安田浩一さんの本などを通じて、やがて徐々に明らかになってくるのだが、実は在特会の活動の目的は、街宣そのものにはなかったのだ。

かれらは、自分たちの街宣をビデオにとって、その動画をネットに流すことを目的としていたのである。

広大なネットの世界で、かれらの動画は膨大な人びとの視線を集め、急速に支持を拡大することに成功した。正規の会員は公称1万3000人、ネットにおけるその支持者は百万単位で存在するだろう。

既存の大組織を運営する、はるか上の世代の人びとにとっては、まったく目に見えないところでその勢力を拡大する在特会は、何の害もない、ごく一部の狂った連中としか見えなかっただろう。

大手メディアも、沿道を埋め尽くすほどのカウンターが出現するまでは、在特会の活動をニュースとして大々的に報道することはほとんどなかった。そもそもニュースバリューがあるのかどうかすら判断しかねていたのだろう。

そうこうしているうちに、「ネットの雰囲気」の少なくない部分を、ネット右翼が左右するようになってしまった。

ネットを通じた個人の集まりというその組織形態、ネットが主で現実が従というその活動スタイル、これらにおいて在特会はわれわれの想像をはるかに超える「新しい」存在だった。既存の組織には太刀打ちできなかった。

しかし、ちょうどこのときに、カウンター行動が現れ、そしてついに「仲よくしようぜパレード」はおこなわれたのである。

それらは、ネットを通じた自主的な個人と個人の小さな集まりが可能にした巨大なイベントだった。それはまさに魔法のような瞬間だった。ネットのなかの電子的なつぶやきたちが、ネットのなかから飛び出して、現実世界に実体化した瞬間だった。あのパレードで歩いていたひとたちは、みな初対面だったが、みなどこかでつながっていた。

TwitterやFacebookで現れては消えるつぶやきたちが突如として、人の姿をまとって都市のリアルなストリートに出現し、直接対面してことばを交わしたのである。そしてそのつぶやきたちは、中之島から難波までの長い道のりを、炎天下、誇りとプライドに導かれ、笑顔で、踊りながら、太鼓を鳴らしながら、プラカードを掲げながら、顔をまっすぐ前に向けて最後まで歩いたのである。

だが、いきなり電子的つぶやきが血肉をまとって現実化したわけではない。おそらく、少人数のオフ会や飲み会、食事会というかたちをとった、ゆっくりとしたささやかな、個人的な集まりからそれは始まったのだろう。このままじゃいけない、なんとかしないといけないという小さな声から、それは始まったに違いない。(それはひょっとしたら、初期の在特会にも共通するものがあったかもしれない。)そしてそれはまずカウンター行動として出現し、徐々に拡大し、今回の大阪のパレードへと続いてきた。

われわれが何もできないでいるちょうどそのとき、われわれが指をくわえてレイシストたちの派手な行動を眺めているちょうどそのときに、カウンターや「仲パレ」の中心メンバーたちが、おなじようにネットから、個人的なつながりを通じて、現実世界に出現したのである。

おそらくここでも、既存の左翼や右翼、社会の「メジャー」なところにいる人びとには見えていないものがある。たしかにあれほどの人数でパレードを派手におこなって、それは大変立派なことだが、だがあれが何の意味があるのだろう? あれで世の中を変えることができるんだろうか? たんなるお遊びの、気楽な、能天気な単発のイベントだったのではないか?

在特会が見えていない人びとにとっては、「仲よくしようぜパレード」の意味も見えてこないだろう。

パレードは、それが終了したあと、そこに直接参加した人びとによってだけでなく、参加しなかった人びとによっても、引き継がれているのだ。ネットのなかで、あのパレードは、いまでも続いている。

パレードの様子は膨大な参加者たちによってリアルタイムでtweetされ、実況され、シェアされていた。各人がスマホで写真や動画を録り、歩きながらすぐにネットにアップしていた。パレードが終了してからも、画像、動画、音声、テクストの莫大なデータがネットに流され、世界に広がっていった。メジャーなメディアの記事にもなり、あらゆるSNSでその記事へのリンクが貼られた。ネットのありとあらゆる場所でパレードは語られ、賞賛され、定義され、批判された。そのデータはさらに何度もRTされ、シェアされ、複製され、ローカルに保存された。

人びとのパレードは終わったが、データたちはいまもネットの中でパレードを続けている。

いちどネットに広がったデータは二度と回収することはできない。あの日あのとき、大阪であのようなイベントがあったという事実は、決定的にインターネットに「刻み込まれた」のである。

おそらく、これから新しくネットの世界に入ってくる若いひとびとは、ネトウヨの情報だけではなく、このイベントの情報にも触れることになるだろう。そして、こうした活動があることを、こうした人びとがいることを知ることになるだろう。

これがこれからの世界をどう変えるのかまではわからない。だが、たしかにパレードの先頭で、マイクを握ってサウンドカーとともに歩む誇り高い @Bong_Lee の姿は、ある種の「アイコン」としてネットのなかで今後も語り継がれ、RTされ、シェアされていくだろう。その画像や動画は、今後も多くの人びとによって閲覧されていくだろう。

ところで、@Bong_Lee を始めとするパレードの運営スタッフたちを遠くから見ていて気がつくのは、かれらがこういう運動を始めるようになる前から、そもそもTwitterなどで「遊んでいた」人びとだったということだ。

おそらく、ネットが主戦場になったいま、その闘い方はネットの作法に則ったものになるはずだ。既存の運動団体の政治的パンフレットをhtml化しただけのような静態的な「ほめぱげ」では、人を集めることはできない。同じように、ブログ時代の現代思想風の、高尚で難解な言葉も、せいぜい同じようなクラスタでブックマークされて終わりになるだろう。

今後、人びとを集めるのは、たぶん、もっともくだらない、意味のない、ささやかで個人的で小さなつぶやきたちになるだろう。ネトウヨを罵倒し、不謹慎なギャグに爆笑し、下ネタでスベり、マニアックな音楽や映画や小説やマンガの話で盛り上がり、ときには理不尽な世の中の出来事に涙を流し、そしてたまにささいなことで炎上するような、そのような「普通のつぶやきたち」になるだろう。

たとえばこのような。

https://twitter.com/rinda0818/status/357311783175847936

ネットの世界にどっぷりとつかり、その作法に習熟し、新しいもの好きで好奇心旺盛な、不謹慎な笑いとくだらないネタに目がないような、そういう「つぶやきたち」によって、これからのネットの闘いが始まるのだろう。

あらゆる差別に”NO”を! ”ヘイトスピーチ”へのカウンター行動から生まれた「OSAKA AGAINST RACISM 仲良くしようぜパレード」

Osaka Against Racism 仲良くしようぜパレード7.14 秋山理央さんの動画と写真
途中に出てくる切り絵のプラカードは、私の長年の連れ合いである「おさい」の手製。持っているのは私ではありません(笑)


“路上に出たつぶやきたち── 「OSAKA AGAINST RACISM 仲良くしようぜパレード」” への2件の返信

  1. Kishiさま
    パレードを企画・運営していたものです。当日はもっぱら裏方の雑務に追われ、あいさつできませんでした。(といっても、お互い顔も知りませんがw)
    これは、パレードに関して書かれた文章の中で、も僕の感覚に、もっともしっくりとリンクしている論考のひとつだと思います。「路上に出たつぶやき」のひとつである僕が「ありがとうございます」というのも変な話ですが、読んでいてとても幸せな気分になりました。なんと表現していいか…「やってよかったんやな」と感じました。ありがとうございます。いつか路上で出会うときを心待ちにしております。ではでは。
    ITOKEN

  2. ITOKOENさま!
    こんにちは、しばらくメンテしていなかったので、コメント承認が遅くなってしまってすみませんでした。ほんとうに、言葉で言い尽くせないような感動的なパレードでした。いろいろ運営も大変だったと思います、ほんとにお疲れさまでした。またどこかで飲みましょう!!

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