おはぎときなこのこと

夜中によく散歩をしている。

もう何年か前、いまの家に引越す前に、夜中に近所を歩いていて、甲高い声で泣いている、「鳴いている」ではなく泣いている犬がいた。3階建ての建て売りの家の、一階のガレージにつながれっぱなしになっていたその雑種の犬は、たまに散歩のときに見かける子だったけど、そのときはべったりと横たわって、甲高い声でか細く泣いていた。

思わず近寄って声をかけながら撫でてやると、すぐに大人しくなって、ぱたんぱたんと尻尾をふると、やがて静かになって寝てしまった。

次の日、その子はいなくなってて、紐や水皿もなくなっていたので、たぶんあのときに死んだのだと思う。死ぬ直前になってさみしくなって泣いていたんだろうか。撫でてあげられてよかった。

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おはぎときなこを拾ってから13年ぐらいになる。結婚してすぐにおさい(連れ合い)が職場から拾ってきた。当時のおさいの職場は某県の部落解放同盟の研究所で、荊冠旗がでかでかと印刷された段ボールに入れて、電車で大阪まで連れて帰ってきた。子猫の鳴き声がする荊冠旗の段ボールというのは、なかなかシュールな光景だったのではないだろうか。

おはぎは毛むくじゃらのバカで、すぐにぴーぴーなついてきた。そもそもおさいの職場で子猫がいることがわかったのもこいつのおかげで、誰かれかまわずエサをねだって鳴いていたらしい。

そのとききなこはまったく人になつかずに、逃げてばかりいた。連れて帰るのも一苦労だったらしい。

ちなみに連れて帰るときに、この二匹は大量のノミを置き土産においていった。しばらくはこの研究所の方々は苦労されたのではないだろうか。ウチでも大量に発生した。

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実は、おはぎときなこと、もうひとり兄弟がいたらしく、真っ黒な子で、その子は連れて帰る前に死んでしまった。

その子は研究所の庭の、「部落解放の偉人」たちの銅像の足もとに埋められた。

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おはぎが3階のベランダから落下したり(無傷)したほかは、なにごともなく健康でずっと可愛い。

ひとにはあんまりなつかないけど、飼い主にはもうべったりで、とくにおはぎは俺が仕事しているとかならずデスクに乗ってくる。デスクにはおはぎ専用のスペースがある。これを書いているいまも真横で寝ている。

きなこは愛想はないが美少女で色っぽく(若干デブだが)、ついついめろめろになってしまう。寒がりで、冬は必ず布団に入ってくる。

13歳とは思えないぐらい元気で、若いときとぜんぜん変わらない。さいきんはちょっと、爪とぎがおろそかになっていて、爪が伸びがちなので、人間が切ってやっている。変化といえばそれぐらいである。あ、あと、きなこがちょっと痩せたかな。

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拾ってくる前に死んでしまった黒猫は、おさいが後に「くろみつ」という名前だけを付けた。一緒に連れてかえればよかったと、そればかり言っている。

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動物を飼う、ということは、動物の死にも出会う、ということで、おはぎときなこがいなくなったときのことを考えるとどうしようもなく恐い。それまではせいいっぱい可愛がろうと思う。

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人格、という点において、基本的に猫でも犬でも人間と違いはない、と感じている。ふだん人間とかわしているのとそれほど変わらないコミュニケーションを、犬や猫ともしている。もちろん狭い意味での「言葉」は使わないが、それでもわずか2匹のおはぎときなこでもそれぞれ性格に大きな違いがあり、それぞれのやりかたで自分の思うところをこちらにぶつけてくる。会話の量も質も、人間とまったく変わらない。

こちらもだいたいふたり(どうしても2匹ではなくふたりと言ってしまう)のことはわかっているので、それぞれが過ごしやすいように、それぞれの寝床や居場所を作ってやっている。煮干しが嫌いで風呂の残り湯が好き、という共通点も多い。

俺はあまり動物は擬人化しないので、言葉をかけることはないけど、人と猫と犬の区別は日常生活では実はあんまりつかない、ということは、毎日の実感として、ある。

よく「犬派?猫派?」みたいなくだらない話があるが、子どものときは犬を飼っていて、家のなかでいちばん会話をしてたのがそいつだったので、犬も猫も身近な存在である。

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犬も猫も人間も、進化の過程でどこかが間違ってしまって、ほんらいは自分の友人や家族に向けるための友情や愛情という感情が、ほかの種族にも向いてしまうようになったんだろうと思う。

考えたらものすごくおかしな話で、われわれ生き物というものは、他の生き物を殺して食うということ以外に生きる道はない。このこと自体もきわめておかしな話だが、とにかくそれはそもそもそうなっているものとして受け入れた上でも、ほんらいは殺して食うはずの存在と、これほど深くて細やかな愛情をもって共に平和に楽しく暮らしていけるということは、まったく驚くほかない。

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もちろん焼肉も焼き鳥も好物である。

動物も好きだが動物の肉も好き、というのは、もうこれは少なくとも俺にとっては、この世に生きて存在する上での最大の謎であり矛盾である。

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そもそも犬や猫を虐待するやつも、ごく少数だがいるわけだし。

子どもや犬や猫を虐待する人間、というものは、おそらく普通に犬や猫よりも、俺にとってはコミュニケーションをとることが難しいだろうなあと思う。

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もう昔の話だけど、どこかの小学校のクラスで豚を飼ってて、みんなで可愛がって育ててたんだけど、最後にその豚を殺して子どもたちに食わせた教師があって、話題になってたな。詳しいことは調べてないし、いまも調べる気もないけど(子どもがその選択肢を選んだんだっけ?)、毎日まいにち殺された牛や豚や鶏や魚を食ってるものとして何を言っても説得力がないけど、俺が子どもだったら耐えられなかっただろうなあと思う。

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他の生き物を殺して食う以外に生きるすべがない、ということも人生の真理だけど、それと同時に、その他の生き物とこれほど深く愛しあうことができる、ということも、またひとつの真理ではあると思う。

まあ、生きるためには食っていくしかないけど、それでも。

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まあ、食うしかないんですが(笑)。

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まあこの話はええがな。

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しかしまあ、殺されたり虐待されたりする子もいるなかで、ウチのおはぎときなこはほんとうに可愛がられてるなあと思う。われながら、ムダに金をかけたりするのではなく、ほんとうに猫としての快適さを考えて、こいつらにとって暮らしやすいようにしてあげていると思う。ウチの猫どもは幸せである。

躾なども一切することなく、ただおはぎときなこの自然な行動や習性に合わせた家になっている。

というか、そのために安いマンションなどではなく、わざわざ土地を買って家を建てたのであった。猫のために設計したのだ。そのかわり超ローコストですが。窓に網戸も付いてないし、お湯をためるだけのバスタブなので、風呂の湧かし直しもできない。
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暑い夏に涼しい部屋でのびのびと横になっていたり、寒い冬に灯油ストーブの前でぐっすりと寝ていたりするのを見ていると、猫がうらやましくなるが、それでも「猫になりたい」とは思わない。リスクが高すぎるからである。捨てられて野良になるならまだしも、保健所行きになったり虐待されたりする可能性があることを考えると、猫になりたいとは思わないが、おはきなになりたい、とは思う。

猫になりたいのではなく、猫になって良い飼い主に飼われて、これぐらい溺愛されたいのである。さぞかし幸せな一生を送ることができると思う。

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ところが悔しいことに、というか、面白いことに、あるいは当然のことだが、おはぎもきなこも、自分たちがどれくらい幸せな猫であるか、まったく気付いていない。動物というものは比較とか想像とかが(おそらく)できないので、「他のかわいそうな子たちと比べて自分たちがいかに幸せか」ということを理解することができないのだ。

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なんとなく、「動物であること」の本質は、そこかな、と思う。自分の境遇を「他の視点から見てみる」ということをしない。こちらとしては若干悔しいというか、ちょっとぐらい理解してほしいとも思うけど。

逆に、そういうことを理解せずに、ただそこにいて、ほしいものを食べて、撫でてほしいときに撫でてもらって、寝たいときに寝てる、というのが、犬や猫の可愛さの本質なんだろうなと思う。

自分が幸せで、可愛がられていることを「理解」していない、ということが、その幸せや可愛さの本質である。

そして、自分が可愛いことや幸せなことを理解していなくて、ただこの家で一緒に暮らしているだけなんだけど、そういうおはぎやきなこのことが本当に好きだ。

そして、ぜんぜん飼い主に感謝もしないしありがとうも言わないけど(笑)、それでも毎日まいにち甘えてきて仕事の邪魔するこいつらは、感謝も理解も抜きで、たぶん本当に飼い主のことが好きなんだな、と思う。

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他の人間から、そんなふうに好かれることって、めったにない。うらやましいけど、もし自分が同じ境遇になっても、「自分が幸せであること」に気付くことができない、っていうのは、何か幸せとか愛とかいうものがもつ、本質的なところなんだと思う。


「おはぎときなこのこと」への2件のフィードバック

  1. お久しぶりです。うちもえさじゃなくてごはん、て呼びます。
    人間は擬人主義でネコを見て、ネコは擬猫主義で人間を見ている、それでコミュニケーションが成立していることが素晴らしい、と書いた本を読んだことがあります。うちのネコから、ネコの風上にも置けないヤツだと思われていると思うとまんざらでもない。
    同化と他者化、読んでますよ。

  2. いやーどうも、ごぶさたですー。お読みいただいて光栄です、ありがとうございます! 

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