いまを生き延びるための、非合理的な選択

おれみたいな下っ端のチンピラでも「これから大学はどうあるべきか」とか考えることもあるけど、何をどう考えても結局「入口の入試」と「出口の就活」に縛られて何もできないことに気付く。しかしこれだけ市場が縮小していくのがはっきりしてるのにいまだに昭和の入試-就活制度に横並びに縛られて何もできない。このままだとほんとにどうなるんだろうかと思う。

入試でいうと例えば、怖いことに価格競争が始まりつつある。すでに受験料にその兆しがある。ネット割引はウチも導入するみたいだし、そのうち「受験料1000円」「受験料タダ」みたいな禁じ手つかってくるところが必ず出てくる。そうするとあっというまにダンピング合戦になる。

だいたい受験料が大学の貴重な収入源になってること自体がおかしいんだけど、「もうそうなってしまっているから」という理由で誰も手が付けられない。でもどっかが値引きしだしたらすべての大学が一斉に値引きせざるをえなくなる。受験料が必要になってるために逆に受験料を安くせざるをえない、という悪循環。受験料が予算に組み込まれているから、なるべく大量の受験生を集めざるをえない。そのために逆にダンピング合戦になってしまうのだ。

いまの形での入試をやめればすむ話なんだけど、リスクが怖くて誰も手がつけられない。

他にも「特待生」という名前で学費を大幅に割り引く大学もかなりある。学費もそのうち値下げ合戦になると思う。

教員が生首を切られることはめったにないだろうけども、「民間がリストラしてるのに大学教員だけが特権を(略)」みたいなことになって、人件費や研究費が大幅に削られることになるだろう。自分の給料のことはほんとにどうでもいいが、優秀な若い学者にポストが与えられなかったり、必要な研究費が調達できなくなると、大学という組織は死ぬ、と思います。

いまの形での入試という制度が残ったままで市場が縮小していくと、他にもいろんなことが起こってくるだろう。「その状況をなんとか生き残る」ための短期的に合理的な選択が、長期的にみて非合理的なものになる。この状況に対処するためには「それぞれの大学が特色を出す」という当たり前のことが必要なんだけど、いまの入試を前提にしてたら、たいしたことができるわけがない。

もうそろそろ、18〜19歳の同じぐらいの年齢の学生ばっかり集めるのやめませんか。その層は急激に減少してくわけだし、大学も思いきって規模を縮小して、都心の小さなビルで、土日夜間に開講して、外国人でも高齢者でも誰でも純粋にものを考えたり勉強したりする場になりませんかね。もちろん単なるカルチャーセンターじゃなくて、正規の大卒資格を得ることができる、ちゃんとした厳しいカリキュラムで。

ということを考えてると、こんどはあの非合理的な「就活」という問題にぶちあたります。

就活と大学での勉強の関係については、いずれまた。


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