sociologbook

おはきな動画です

  • 2010.03.31 Wednesday 20:58
プチ更新。おはきな最新動画です。

YouTube - おはぎの耳をなめたおすきなこ

あと関係ないけどお前ら知ってるか。ギャルのあいだでいま田母神といえばこの人だぞ!
田母神智子 「たもの人生エラーだらけ」 Powered by Ameba
もうひとりの方もエラーだらけ、とかそういうありきたりな世相を斬るみたいなことは言いません。





札幌、大阪、名古屋、那覇、台北……

  • 2010.03.30 Tuesday 10:49
外人スナック

「部長が what!」
「そんなに飲んじゃ体に poison よ〜」

みたいなしょうもないことをいつも言うているきしさいとうですが、ちょっと前なんですが、友人の結婚式に出たときに、チャペルだったんですけども、神父さんがめっちゃガイジンな人で、ちょっとハゲてて、めっっちゃガイジンな感じで、「あぬぅあたは〜、とぅわの〜、ぅあいぅを〜、ぅちかいますくゎ〜?」ってやった瞬間にマジで肩ふるわして笑いを必死でこらえてた。昔のコントのガイジンか。さらにちょっとまえにお葬式でもそんなことがあって、さすがにこれは不謹慎すぎて書けませんけども。

それはそれとして、この春休みは大学んときのジャズ研の同窓会があって、そのジャズ研からの20年来の親友であるがんちゃんが会社辞めて実家に帰るから送別会があって、そしてこないだウチのゼミ生の卒業旅行で札幌に行って、おれひとりで別行動して高校時代の友人に15年か18年かぶりで会うということがあって、あと友だちの夫婦に急に子どもが生まれたりとか、ウチもやっと不妊治療始めたりとか(この件に関してはそのうちまた書きます)、しかしアレだな、がんちゃん実家に帰っちゃうし、まほろは一年間フランスだし、まこPも一年間韓国だし、今年はなんかさびしいな(笑)

ところでその札幌である。人気の観光地だし住んでる方々も多いので書きにくいが、俺はちょっとここに住むのはツラいなあと……寒いし3月の終わりに普通に雪降ってたしその雪がまたサラサラで。きれいはきれいなんだけど。厳しい北の原野にぽつんと寄り添ってるさみしい街に見えた。

ゼミ学生たちと別行動してるときにひとりでふらっと北大を見学した。かなり立派な付属博物館があって、古い洋館で、中身もとても立派で面白かった。でもなんか北大って実学志向っていうか、医学と獣医学と理学と生物学と、なんか要するに人口の少ない植民地を必死に開拓するときの最前線で、常に結果を求められてきて、そのかわり地元では強大な権力を与えられていて、という感じで、まさに旧帝国大学だ。琉球大学と比較すると面白いかもしれない。

とにかく北大の自然科学の威力と伝統と実力と実績と権威には畏怖すらおぼえました。

てなわけで、いろいろ考えこんでしまった。日本は広いなあ。大阪とか那覇とか台北とか、そのへんばかりうろうろしてて、北の方はまったく未知の場所だったんだけど、北大の博物館でいろいろ考え込んでしまった。ちょっとずつでも勉強しようと思った。「南」と「北」について。

さて、そのあと札幌の街で上にも書いたように旧友と再会したのである。おれは名古屋出身なんだけど、その名古屋時代、俺は東海高校っていう男子校で、彼女は近所の女子高だったんだけど、なぜか妙に仲がよくてしょっちゅう遊んでいた。だがそのあと、お互い人生いろいろあって(ほんまにいろいろあって(笑))、おれは大阪でうだつのあがらない大学教師だが、彼女は北海道でカメラマンとして立派にメシを食っているのである。

で、まあ、名古屋時代のことをいろいろなつかしく喋ってたんですが、しかしいま考えると俺の高校ってめっちゃエリートの進学校で、そのわりにもはや死語だがバンカラというかもう規則がむちゃくちゃルーズで、ほとんど遅刻も早退も欠席も自由自在で、教師もみんなインテリで個人主義で自由でいい加減な、いい先生ばっかりだったな。高校でロックバンドを組んで派手に遊んでいた俺は、卒業する時には学年で最下位の成績でした、これ文字通りほんまの話。いちおう一浪したけどあいかわらずほとんど勉強せずに遊びまわっていて、まぐれで明治学院と関大と受かったけど、受験で訪れた大阪が好きになったので関大に入った。地元の大学は受けてない。大阪で関大に入ってからはもう、酒とジャズの毎日で、合間をぬってちょこちょこフーコーとか読んでましたけども、とにかく大阪っていう街はほんとうに面白いよね。ああ俺は一生ここに住もうと思って、なんとか好きな女と結婚して就職して家も建てました。念願かなったよ。

ていう感じのことを思い出しながら楽しく旧友とお話ししました。しかし彼女も本当に人生いろいろあって、なかなかいろいろだな、人生というのはいろいろだよ。

という感じで、札幌にいながら話は那覇にとんだり大阪にとんだり名古屋にとんだり台北にとんだり、まあでも人生長いわけで、これからどうなるかわからんけど、おれもサバティカル当たったらアメリカかブラジルでも行ってみよう。





散歩、散歩、散歩……大阪には路地が無限にある

  • 2010.03.28 Sunday 17:43
ふらりと京阪乗って守口で下りて、歩いて旭区方面に向かいました。

http://sociologbook.net/photos/

↑2010年3月の写真です。何の工夫もないただのスナップ写真ですが……。

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吸い込まれそうな路地裏。

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先日、元教え子のAちゃんからお誘いいただいて、法善寺横町で天然フグを食うという贅沢をしまして、ついったの方でさんざん誹謗中傷されたきしさいとうですが、今日はまた別の教え子に誘われて、美々卯本店でうどんすき食べてきます。優秀な教え子たちに恵まれてたいへん幸せです。美々卯旨いよなー。





卒業式

  • 2010.03.23 Tuesday 20:29
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というわけで卒業式であった。今年も無事全員卒業したのであった。しかし3期生はほんといろいろな意味でアレであった。アレがアレで。

学生たちはどんどん入ってきて、どんどん出て行くな。みんな元気で働けよ。

……ゼミ文集の前書きをここに載せようと思ったけど、恥ずかしいからやめた(笑)ガラにもないこと書いてるわ(笑)

これだけ書いとこ。

他人の愚かさを理解しろよ。でも身内の愚かさを許したらあかんよ。

以上。

とにかくお前ら、ほんとにしんどいのはこれからだけど、ほんとに楽しいのもこれからだからな。何かあったらすぐ相談しに来いよ。アフターサービスは永遠に無料だぞ。

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この春休みはずっと缶詰ですもう原稿書くんイヤです

  • 2010.03.18 Thursday 21:25
さいきんはついったで遊んでいる。ブログ書いてたんぶらしてついったすると、今度はもうみくしやってるヒマがない。いちどに3つぐらいが限界であるな。

こないだついったで、きしさいとう長年の懸念事項「ハトはどう鳴くか」が話題になって、キジバトらしいんだけど、おれは「ぽーぽー。ぽっぽー」って聞こえる。でもさいとうは「ぽぽー、ぽーぽー」と、逆になっている。そんな話を書いたら、いろんな人が俺はこう聞こえる、私はこう聞こえる、なんかわけわからんようになって(あと同時に「豚汁は主菜か副菜か論争」もあったな)、あーだこーだやってるうちに、泰斗さんが「これじゃね?」ってYoutubeのキジバト投下。すごいなyoutubeなんでもある。

とかやってたんだけど、鳩の鳴き声抜き出してGarage Bandで適当に切り貼りして遊んだのがこれ。

http://sociologbook.net/pigeon/

すごいなガレバン。30分ぐらいでできた。あと、鳩の鳴き声のテンポってぴったり120なのな。あとはベースをBbに調整しただけ。

何しとんねん俺。

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神竜剛次bot
https://twitter.com/JinryuGoji

1時間に1回つぶやくそうです。大衆は豚だ! とか何とか。

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そんなこんなで明日は卒業式やなあ。

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追記! 新進気鋭の音楽学者谷口文和くんが「僕にはこう聞こえます」って作ってくれました!

20100318.mp3

なんかノリノリや(笑)アタマが真逆になってるんかな。これは面白い! みんなも作ってみよう! youtubeでキジバトの鳴き声がいくつかげっとできます。





告知です

  • 2010.03.16 Tuesday 23:10
ども。そろそろ書店に出てると思いますが、『部落解放』2010年4月号に、いまやってる部落の調査の簡単なレポートを書きました。単純集計のみですが、いろいろ明らかになってます。書店・アマゾン・解放出版などでお買い求めください。





個人主義的な枠組みのなかで内面に介入すること

  • 2010.03.15 Monday 22:42
さて女は性悪だが男は空っぽのバカ、と、一言でいえばそうなるのではないかと、いつもここでも書いてますけども、こないだミナミをおさいと散歩してたときに、あのへんもタワーマンションとかできて人増えましたね、都心回帰ってええことですなあ、子どもがけっこうたくさんいたんですよ。わいわいと、子どもの群れが集団で小学校からにぎやかに帰っていくのをみるとなんかほっとしますが、もう男子がアホすぎて大笑いした。二人ぐらいで帰ってる男子が帰り道のすべての電柱と闘ってたりとか。「トウ!」「うりゃ!」とか言ってカサですべての電柱を殴ってる。たまに「うぎゃああ」とかいって、これは電柱に返り討ちにあっているらしい。あと、小さくなった制服をキツキツに来てるちょっと背の高い小学生が、野球のグローブかいうぐらいでかい手袋をして、その手袋はおそらくお気に入りで、似合うかどうかとかバランスがどうかとか無関係に手にはめてるんだろうけど、ひょっこひょっこ、ひょっこひょっこ、「首根っこをつかまれて無理矢理ひったてられる罪人」みたいな動き方で無言でひとりでひたすら歩いていて、あれはたぶん頭のなかは空っぽだ。自分が変な歩き方してるのも気付かないぐらい脳内の何かに夢中になってるんだ。かわいいなあガキどもは。男の子もかわいい。アホでかわいい。

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ちょっと前に書いたエントリがまたえらいブックマークやRTやReblogされて、久しぶりに1万人ぐらい来た。でもちょっと、「俺は俺」的な個人主義的な解釈されちゃって、いつものはてブに比べると格段にネガコメが少ない(笑)。これは何か誤解されているようだ(笑)。別に、俺は俺的な個人主義を否定するつもりはないけど、ちょっと書き方としては不十分であった。

いまの世の中って、ものすごく「内面」に介入したがる力と、ものすごく「内面」に介入することを禁止する力が、同時に働いてるなあと思うわけですよ。テレビとかマスコミの同化圧力。またぐらに手をつっこまれてかきまわされるような不快感を感じる。でもこっちが人のまたぐらに手をつっこみたくなることもある。いや比喩ですよ。たとえば児童虐待をどうするかって考えると、これはもう親権を制限するしかない。国家が家庭にずかずか入り込むわけです。

差別する傾向のある人は差別の存在を認めない傾向がある - Whoso is not expressly included (金明秀さんのブログ)

もう十分わかりやすいけど、もしもっと簡単に書くなら、「もし例年の大阪代表校への応援率っていうか支持率と比べて朝鮮高校が格段に低いとすれば、その差分は、差別意識から説明する以外にない」こんな感じになるかな。

でも、そうしても結局、「差別しないためには朝鮮高校を応援しなければならない」っていう話に、どうしてもなる。あるいは、他の高校とおなじくらいに朝鮮高校の支持率をあげることが、社会運動や政策の目標にならざるえをえない。これは不愉快に思う人が多いんちゃうかな。

朝鮮高校を応援しないひとりひとりの応援しない理由は様々で、なかには本当に差別意識を意識的にか無意識にか持ってて応援しない人もいるだろうし、朝鮮高校もほんとに応援したいけど他県代表の高校にちょっと縁があって(ヨメさんの出身校だとか)今回は悪いけど相手を応援するよ、っていう人もいるだろう。問題なのはどっちも朝鮮高校を応援しないっていう同じ現象として現れてくるっていうことだ。でもそれらは区別できないから、結局は例年よりも応援する人が少ないのはやっぱりその差分は差別者の割合を表してるってことだし、政策目標としては例年通り朝鮮高校を応援する人を増やしましょう、っていうことになる。そうすると、差別をなくすためには朝鮮高校を応援しましょう、応援しない人は差別者ですよって、どうしてもそうなるわな。

差別のことを考えていくと「俺は俺奴は奴」っていうドライな個人主義では終わらんところがあって(だってそれって、差別者がいちばんよく使う言い訳ですよ)、どうしても個人の内面に干渉せざるをえなくなってくる。たとえば同性愛者や性転換者に対する生理的嫌悪感は、そういう感情を持ってること自体が問題ですよって言うしかないんだけど、こう言われてなぜ違和感があるかというと、差別といわれて直接的な攻撃を想起するからで、忌避することも差別であることが理解されていないからだ。しかも、何もはっきりとした言動をしてなくて、ただ単にある種の感情を持っているだけで、それは差別ですよとか言われる。

表立って罵倒したりするのをやめなさい、という話は通じるけど、嫌いなものを好きになりなさい、と言われたら、たいていの人は引くだろ。本当は「嫌い」っていう感情なんか、簡単に変えられるんだけど。

上記の朝鮮高校の応援の例でいえば、「なにかをすることが差別ですよ」っていう主張を通り越して、「なにかをしないことが差別ですよ」という、改善するためにはより積極的で内面的なコミットが必要な何かになってるのである。なにかをすることが差別というのなら、そのなにかをすることをやめればそれでよい。でも、なにかをしないことが差別ですよって言われると、じゃあそのなにかをこれからしないといけなくなるわけで、これはかなり面倒だし大変だし、しかも感情的な領域になってくるとどうしても内面に干渉されることになって、反射的に不愉快になるのは、まあ自然な話だ。

それでここから話は大きく脱線していくんだけど、でもここで、忌避しないっていうことが、前のエントリで書いた、仲良くするっていうことと混同されるから、ものすごい感情的な反発が来るんだよな。でも別に当事者って言われてる人たち全員と親密な領域で仲良くせなあかんことなんてぜんぜんないですよ。下でも書きましたけども、当事者でも厄介な人多いですし、それが男性ならセクハラする奴もほんとに多いですよ。それは外の世界と変わりませんよ。でも、特別に仲良くする必要もないですが、忌避しちゃダメでしょう。ちゃんと付き合って、仲良くできる人なら仲良くして、喧嘩するならして、セクハラした人がいたら退場してもらうっていうのは、これは誰に対してもそうでしょう。

で、朝鮮高校の例に戻りますけども、これはほんとに理想ですが、朝鮮高校も差別せずにちゃんと地元代表として見る人ばっかりに、もしこの世界がなったとしたら、それは例年通りの応援率になるだろうから、やっぱりそういう状態をひとつの目標として立てるのは当然のことになって、だからみんなちゃんと応援しよう。

わかるかなあ。なんかややこしくなってきたな。話をいちばん最初に戻すと、「思いやり」っていう言葉で何を言うてるかっていうと、みんな仲良くしてるだけの美しい状態で、でもそれはたぶんフィクションで、「共に生きる」っていうのはたぶんそういう状態じゃない。でもやっぱり、仲良くする必要はないけど、「俺は俺」っていう態度も限界があって、やっぱりある程度は内面に踏み込まざるをえない。でもそれはやっぱり単に仲良くしろっていう話じゃない。別に俺は俺でいいわけですよ、例年通り朝鮮学校を応援する人が出てくれば。ぐるぐる、ぐるぐる。

まあ話は急にここで終わりますけども。いつも殴り書きみたいな文章で悪かった。それにしても、共生とか包摂っていう言葉もたいがい手垢まみれになってますけども、差別がない状態っていうのはどういう状態なのか、だれか考えてくれへんかな。賢い人。いや、実はすでにいろんな考え方があるんだけど、どうもどれもちょっとなあ。





そりゃ仲良くできればそれにこしたことはないんですが

  • 2010.03.09 Tuesday 19:15
「友だちや彼氏彼女から、『実は私、部落やねん』とか『実は俺在日やねん』とか『実は俺ゲイやねん』とかカミングアウトされたらどうする?」って聞くと、たいていの学生は「そんなの関係ないよ、ひとりの人間として好きだよ」って言っちゃうみたいで、「それ言うたらあかんよ」って言うとみんなびっくりする。

「ゲイだろうが何だろうが関係ない、人間として」っていう言い方は、せっかく勇気を出してカミングアウトした問題に関して「関係ない」って言っちゃうってことだし、とか、部落に対する自分自身の差別意識を変えないまま目の前のそいつだけ特別扱いするだけのことにしかならん、とか、まあこういう話はわれわれの業界ではわりとよく語られる定番の話になってるんですけども、そういうのがまたカミングアウトを無効化する暴力にしかならんのやわ、というと、学生たちはみんなへー、ってなって、わりと最後のレポートでもこのネタで書いてくるやつが多い。じゃあ自分だったら何て言えばいいんだろう、っていうことを、それなりにみんなちゃんと考えて書いてきてくれる。

で、話は変わるけども、そういうレポートのなかで、ちょっといつも気になる定型的な語りがあって、前にもついったの方でちょっと書いたけど、差別とか人権とかそういう授業してると、最後のレポートでかならず何人かいるのが、「僕の仲良しの友だちに在日の子がいて」とか「バイト先に部落の人がいて毎日仲良くしてるんですが」とかそういうのがいる。関西なので十分ありえる話だが、それにしてもさらにそのうちの何割かは作り話なんだろうけど(笑)、なんかこう、個人として思いやりをもって接したらええ、みたいな感覚がある。まああって当たり前なんですが。

いまさいとうがやってる某地域の市民意識調査の分析で面白い結果が出てて、やっぱり「差別はいけない」っていう決まり文句の自由回答の後に、必ず「みんなで思いやりをもって生きていこうと思います」みたいな、「思いやり」っていう言葉が出てくる。差別の反対は思いやりって思ってるのだ。まあ、普通思ってると思いますけども。

関係ないかもしれんけど、こないだたんぶらをずーっと眺めてたら(ものすごい依存性があるよねあれ)、在日コリアンの生活保護に何兆円も使ってるっていうデマコピペが流れてきて、それがけっこうリブログされてて、お前らアホばっかりやなと思いながら見てたんですが、そのなかに、そのコピペにコメントつけてリブログした人がいて、「この現実に、俺の友だちの良心的な在日コリアンも怒り心頭」みたいなコメント。

たぶんこれ、もっともらしい作り話だと思いますが(笑)、なんでこんなことわざわざ書くかっていうと、良心的な人なら在日ですら怒りを覚えるよね、とかだけじゃなくて、こういうことだろうと思うんですけども、俺は今からこのコピペをリブログするけど、それは在日に対して差別意識を持ってるからじゃなくて、純粋にこういう不正行為に対して怒りを覚えるからで、ほら私が差別意識持ってない証拠に、私の友だちに在日の人もいるんですよ、その人も怒ってるんですよっていう、言い訳っていうかアリバイになってるわけですよ。この場合作り話かどうかはぶっちゃけどうでもいいことで、わざわざこういうコメントを付け足すっていうことはそういうことだよな。

どうしてかっていうと、差別するっていうことがどういうことかっていうことに関しては、社会学者だけじゃなくていろんな人がいろんなことを言ってますけども、じゃあ反対に、差別がないっていう状態はどういう状態かっていうことに関しては、俺もふくめてまともにイメージ持ってる人がひとりもいないんだよ。

だからみんな「差別がない状態」と「仲良くしてる状態」とを混同してるわけだ。だから、当事者と個人的に仲良くしてるよっていうアピールが出てくるわけですよ。

まずひとつ、これが何が問題かっていうと、みんなが仲良くしてる状態として差別のない状態を考えると、異議申し立て運動が和を乱すもの(笑)として否定されてしまう。せっかく仲良くしようとしてるのに波風立てやがって。権利権利言うな。お前ら俺たちと仲良くしたいの? したくないの? どっちなの? 仲良くしてやるから選挙権とか糾弾とか戦争責任とか基地撤去とかいちいち言うなよ。みたいな。

これは難しい問題なので簡単にこんなしょうもないブログで書くようなことじゃないけど、確かにたとえば同性愛者やGIDに対する生理的な嫌悪感っていうのは、これは除去した方がいいし、それは可能だし、いろんな人と仲良くなった方が人生楽しいっていうのは、一般的に真実だよな。

でも同時に他方で、当事者と親密であるっていうことが、その当の問題に関しては自分の意識を変える必要がないと思ってることのアリバイというか正当化になっちゃうんだったら、むしろそれは危険だなあと思うわけですよ。それならいっそのこと、仲良く付き合わないけどもそいつらの生き方を邪魔もしない、っていう態度もアリだと思うわけですよ。

まあ簡単に言いますと、差別のない状態っていうのは仲良くしてる状態っていうことと完全にイコールじゃないよね、っていうだけのことです。もちろん、別に当事者うんぬんじゃなくて、誰とでも仲良い方が一般的に良いに決まってますが、それは別の話です。

まあこういう業界でこういう稼業でメシ食ってるといろんなことがあるもんで、当たり前ですが当事者のなかにもいろんな人がいて、みんな善意の被害者の聖人君子ばっかりじゃないですし、逆にいえば研究者のなかにも立派な人はごくわずかですがいることはいます。





Google ストリートビューの撮影車を見つけたのでカメラを向けたら急発進してどこかへ走り去ったでござるの巻

  • 2010.03.04 Thursday 21:48
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・大阪市都島区で遭遇したでござる
・曇りなのに若いドライバーがサングラスをかけていたでござる
・デジカメを向けたとたん急発進してどこかへ行ったでござる
・正直めっちゃ危ないと思ったでござる
・ナンバーがばっちり写っていたので消したけどこっちの表札はばっちり写してるくせにと思ったら悔しくなったけど面倒は嫌なので消しておくでござる

繰り返しますが急発進したのはほんとに危ないなと思った。この急発進は「プリウスだから」じゃないよね(笑)

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沖縄戦直後に米軍が農地を強制的に接収したことにより農民層が分解して、っていう話をしてたら、さいとうが「脳みそ分解?」って言った。もういいよ。