sociologbook

更新と告知

  • 2009.11.27 Friday 18:20
えーと、日常写真を更新しました。再集計したデータの処理に頭が煮え煮えになったので気分転換に近所を散歩しました。そろそろ冬ですなあ。京橋周辺。

http://sociologbook.net/photos/014/index.html

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それから、大阪市大にサスキア・サッセンが来ます。また改めてちゃんと告知しますけども、いちおうポスターをアップしときました。みなさんぜひどうぞ。無料です。

http://sociologbook.net/tosinorekisi1.pdf
http://sociologbook.net/tosinorekisi2.pdf





里親募集中です

  • 2009.11.23 Monday 00:58
事情があり一時的に預かっています。ウチにもでかい猫が2匹いるのでこいつら飼えません。引き取っていただける方はご連絡ください。トイレの躾済み、室内で生まれて外に出ていないのでダニやノミもいないしおそらく病気も持っていません(今日引き取ったばかりなので病気については未確認)。できれば4匹一緒に飼ってくださる方。メールはこちら→ kisiあっとまーくsociologbook.net

http://sociologbook.net/koneko01/

http://sociologbook.net/koneko02/

http://sociologbook.net/koneko03/ ←23日午前1時現在アップロード中。動画中心なので、あと2時間弱かかる予想です(笑)


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ついったーのベネッセ祭りについてのお詫び

  • 2009.11.11 Wednesday 17:18
お詫びっていうか、別にお詫びするような話じゃないんですけども、なにかついったーでベネッセ祭りがえらい大騒ぎになってるみたいで……「日本のついったーの新しい1ページ」とかわけわからんこと言うてる人もいるよ! なんか怖いよ!(笑)

まあ、俺だけのせいじゃないかもしれないんですが。8月の終わりごろにうちのヨメのさいとうが、ついったーでベネッセについて別件で言及したら、速攻でフォローが来たんですよ。それ見て面白かったから、自分もついったーで「ベネッセ! ベネッセ!」と意味なく叫んだらやっぱり速攻でフォローされました。で、おもしろがって、身の回りの少人数で「ベネッセ! ベネッセ!」いうプチ祭りをやってました。

まあそれはそれですぐに収まって、もうすっかり忘れかけてたんですけども。

俺自身忘れてたけど、俺そのことをたんぶらの方に書いたんだよね。

これ。

http://sociologbook.tumblr.com/post/177977700

で、これも別にそんなにたくさんリブログされることもなく過ぎ去っていったんですけども。

そしたら、つい数日前ですが、俺のたんぶらからものすごい勢いで、それこそまるごとコピーするつもりなんかっていうぐらい大量の画像やテクストをリブログする人が現れたのだ。そしてその人はわりかし有名なたんぶらだったらしく、そこからリ・リブログされていて、このベネッセの話が広まってしまったようなのである。

それで、ちょっと気になってついったーの方でベネッセを検索かけてみたら、えらいお祭りになっとるやないか!!! 何やこれ!!!!

というわけで、ちゃんと探してないけど「まとめブログ」みたいなものがあるとかないとか、いやーー今回「中の人」にはたいへんご迷惑というかお騒がせしました。別に俺が謝ることではぜんぜんないんですけども、まずは取り急ぎご説明までで失礼いたします。





南へ向かう船

  • 2009.11.11 Wednesday 00:01
裕福な医者の家庭に生まれ、有名大学を卒業した彼は、しかしそれまでいちども働いたことがなかった。おそらく働けなかったのだ。ネットでのうわさによれば数十万円の小遣いをもらって、何不自由ない暮らしをしていたようだが、なかばひきこもりのような生活だったのではないだろうか。

ようやく親から独立し、自分で自分の飯代を稼ぎ、貯金をするようになったのは、人殺しをして逃亡生活を送るようになってからである。何という皮肉だろうか。「そんな生活力のある子じゃなかった」という母親のコメントが痛ましい。飯場では「30までひきこもりをしていた。親孝行がしたくて働こうと思った」と言っていた。彼にとってはそれは本当の気持ちだったのだろう。

毎日現場で汗を流し、真面目に働いて金をため、用心深く全国のいろいろな場所で整形手術を少しずつ受けていた。何という勤勉さだろうか。もともとは根が真面目な少年だったのだ。

逃げ場として大阪を選んだときいて、東京人たちの大阪に対するイメージを垣間みたような気がした。確かに大阪という街は日本のなかでは「異界」なのだろう。そして彼はさらに沖縄へ逃れようとしていた。沖縄もまた、東京の、あるいは日本にとっての異界である。

彼がついに身柄を拘束されたのは、大阪南港のフェリーターミナルであった。彼が乗ろうとした船の時刻表を見ると、不定期のこの船は、11月10日の、23時に沖縄へ出航する予定だった。彼が拘束されたその日だ。夜の11時にこの船に乗ると、出航してから3日後、13日の金曜日(この日付は何か悪い冗談のようだが)の朝9時半に那覇新港に到着する。奄美に寄港する便もあるが、彼が乗ろうとしたのは那覇への直行便である。

那覇新港は泊よりもさらに北にあり、寂れた埋め立て地で、まわりには何もない。彼はターミナルからバスに乗っただろうか、それともタクシーだろうか。海岸沿いにしばらく歩けば泊であり、そこを通過すれば那覇の中心部までなんとか歩いて行くことができる。

那覇の国際通り周辺には、ここ数年で急に増えた、一泊1000円程度の安宿がたくさんある。そういう宿では、本土でドロップアウトした連中が大勢「沈没」(こうした安ドミトリの流行言葉である)している。なかには深刻な事情を抱えた連中もいる。

あるドミトリには、本土出身ドロップアウト組に混じって、沖縄の離島の、極端に貧しい家に生まれ、親の暴力に耐えかねて那覇のドミトリに「沈没」している若い女がいた。彼女は昼間はずっと安宿で寝ていて、夜になると波之上あたりに「出勤」していた。

彼もそうした人たちに混じって沖縄で暮らすつもりだったのだろうか。那覇の熱帯夜の生温い風が思い浮かぶ。

そういえば、あまり知られていないが、石垣島から台湾へ向かう船があった。先日、有村産業が倒産してしまって、おそらく廃止になっているだろう。

彼は深夜にひっそりと出航する南行きの船に乗ることはできなかった。彼がかわりに乗せられたのは、報道陣のカメラのフラッシュの激しい光に包まれた、新幹線の白い車体である。これに乗れば、3日後どころか、3時間後には東京駅に到着する。

そしておそらく、少なくともあと20年か30年、もしかしたら一生、彼は沖縄へ行くことはできない。

東京、大阪、那覇。





大阪駅北ヤードの工事がいつのまにかえらい進んでいた

  • 2009.11.03 Tuesday 20:53
タイトル通り。今日は梅田で何やかや買い物してたんですが、32番街のナカイ楽器でギターの弦を買ったときにふと展望コーナーから外を見たら、梅田の北ヤードがかなり進んでてびびった。

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JR大阪駅をまたぐ橋もすでに形をあらわしつつある。しかし確かに「西日本の顔」であるところの大阪駅がこんなにぼろぼろで汚くて暗いのもおかしいわな。はやく完成してほしい。

いやーしかし大阪駅北側も変わりつつありますな。ちょっと前までスカイビルがぽつーんと建ってるだけだったのだが。

デジカメを持ってなかったので携帯で撮った。