sociologbook

学生をかえせ(笑)

  • 2009.05.24 Sunday 00:42
タイトルはおおげさなんですが。

いよいよ4回生は就活たけなわで、なかなかゼミも全員揃わない。一生がかかっていると言ってはいいすぎだが、まあ少なくとも今後数年の生活はかかっているので、みんなとにかく頑張れよ。3回生の特に女子のなかにはもう就活にびびって病んでいる気の早い奴がいて、毎年まいとし学生も大変だな。

ところで、ゼミに全員揃わない、ということについて、むかしから、企業の人事担当者さんたちが大学教育をどう思っているんだろう、と不思議に思っている。できれば説明会とか面接は土日か夜間にやってほしいんだけど、と思っていて、そしてそれはそれほどわがままな主張ではないと思っているのだが。平日の昼間にされると、学生はゼミや講義を休まざるをえないのだ。これはいったい、どうなってるのか。会社のひとたちはどう思ってるんだろうか。

日本に限った話ではないと思うのだが、大学教育というものの位置づけはひじょうに曖昧なもので、外部の人らからは何をやっているのかよくわかんないところがあるし、特定の学部や学科で学ぶ社会学や経済学や哲学や経営学や法学や文学や超領域総合共生コミュニケーション地域文化科学(さいきんこういう名前の学部も見なくなったなあ)がそのまま就職後の会社で役に立つということもない。社会人というか会社人になるための教育は、若い新規学卒の労働者を一括採用した企業が、その会社の内部に囲い込んで採用後におこなうものになっている。したがって、とくに何の学科を専攻したのかは、あまり就活で問われることはない。

このあたりから考えると、別に大学教育なんか何やっててもよい、もっといえば、しなくてもよい、ということになる。世間に名の通った偏差値の高い大学の卒業資格さえ得ていれば、その中でスポーツしかやっていなくてもよい。教育は企業がやるから。

ほんとうにそうか、と思う。企業が教育機能までぜんぶやってくれるなら、全員高卒でよいだろう。

大学で何も教えてないかというと、まったくそんなことはない。当たり前の話だが、大学で教えているのは、特定の学問の「まねごとのまねごと」ぐらいのレベルのもんで、東大や京大なら別なんだろうが、普通の大学の経済学部で経済を学んだからといって就職したあとに直接それが何かの役に立つとかいうことはない。

大学で何を教えているかというと、ある種の「性向」「ハビトゥス」である。社会に出たあるいは会社に入ったときにすぐに役に立つ知識は、あたりまえだがほとんどがその会社のローカルな文脈でしか役に立たないので、社会に出たあるいは会社に入ったときにしか得ることができない。かわりに大学は、学生たちに、情報の集め方や分析の仕方、まとめ方、プレゼンのやり方なんかを公式のカリキュラムのなかで教えてるし、非公式のカリキュラム(ようするに「空気」みたいなものだな)によって、人との付き合いかたや、コミュニケーションのとりかた、あるいは「テスト前になるととつぜん友だちになる」みたいな、「人の利用のしかた」(笑)まで教えているのだ。

こういう知識やスキル以前の「態度」みたいなものは、いうまでもないが、それ自体として教えこむことはできないので、社会学部なり経済学部なりの具体的なディシプリンの学習を通じて一般的なハビトゥスを身につけることになる。特定のスポーツをせずに「一般的なスポーツマンなるもの」になれるかどうかを考えればわかるだろう。

大学は大学なりにがんばってやってます。

まあうだうだ書いてますけども、ようするに一般の会社のひとたちは自分たちも大学を出たくせに大学教育というものをかなりバカにしていて、それで平日にへいきで説明会とか面接とかをやるのかなあ、と思いました。

まあ土日にやれっていうと会社のひとたちも大変になるので、しょうがないと思うんだけど、それにしてもこのままだとやりたい放題にやられて学生が勉強する時間がどんどん減ってそれはそれで会社のひとたちにとってもマイナスなんじゃないでしょうか。日本じゅうの大学が集まって、会社のひとたちにむかって「あんまり平日のゼミの時間とかに学生を呼ばないで」ってお願いすることはできないのでしょうか。大学の意思を代表する組織って、ないのか。

なんかスーツ着て必死になってる学生がかわいそうでなあ。みんながんばれよ、ほんと。ゆっくり卒論書きたいよねえ。(そうでもない?(笑))





みんな静かだった

  • 2009.05.19 Tuesday 21:20
いやまいった。今日は近江八幡の地域包括支援センターにて高齢者虐待の調査をしてるチームの方々とお会いしていろいろ勉強させてもらったんですが、その帰り、膳所駅周辺で、俺が乗ってる電車に飛び込んだ人がいたみたいで……。えらい目にあいました。けっきょく京都駅で時間調整したのもいれたら一時間近く缶詰になってまして……。近江八幡駅から大阪駅まで二時間半ぐらいかかった……。しかし日本人はこういうときにさすがである。見事である。文句を言うやつは誰ひとりとしてなく、わいわい喋っていた学生どもも小声になって静かにしてて、ほんとにみんな我慢強いなあ。

救急車だけじゃなくて警察がきて現場検証がはじまったり、急ブレーキで二次被害にあった人を探して救急隊員が車内を巡回したり、いろいろアレでした。

で、けっきょく被害者というか負傷者というか飛び込んだ人がどうなったかはまったくわからない。もしかしたら死んでるかもしれない。

で、車内の雰囲気はどうだったかというと、自分たちが乗ってる電車で人が死んでるかもしれないということを厳粛に受け止めるわけでは当然なく、かといって逆に、「死ぬなら人に迷惑かけないところでひとりで死ねよばーかばーか」などとネガコメつける奴もなく、ただみんな静かにじっと座って運転が再開されるのを待ってました。電車がそれほど混んでなかったというのも大きいと思いますけども、俺をふくめてなんかみんな淡々としてたな。

あれは何かに似てるなあとずっと考えてて、まだちょっとわからないんだけど、大病院に診察にいった患者たちが、時間がかかるのはしょうがないよねって感じで待合室で座って静かに雑誌とか読んでる、そんな感じにちょっとだけ似てた。運転が再開したときは、なんか病院の待合室で自分の名前が呼ばれたときみたいな「いそいそ」感がただよってました。別にどこにも行かずにそのまま座ってるだけですが。

いやしかし疲れた。

あとJRはマスク率が異常。

ところで話かわりますけども、もし新型インフル(このへんの略し方が日本語っぽいよね(笑))に感染したらどうなるのか、ちょっとだけいま検索してみたんだけどなんかよくわかんない。どうなるの? なんか「やりすぎちゃう?」っていう話にはなってきてるみたいだね?

なんかしらんけど、感染者はホテルに監禁されて、自宅や職場にはバイオハザードの何かっぽい白い防護服来た連中がやってきて道路を封鎖して完全に消毒するとか、なんかいろいろ噂があります。

ほんとかどうか知らんけど確かにそれは怖いな。インフルエンザよりもそっちの方がよっぽど怖い。近所に顔向けできないし、大学にバレたら1ヵ月ぐらいは授業にもゼミにも学生来ないし同僚の教員は口もきいてくれなくなるのではないか。相手にしてくれるのは守衛さんとこにいるネコ親子だけになってしまう。それと村澤先生。

まあ都市伝説だと思いますけども、どっかでそんなこと聞いた。もしほんとなら、みんなインフルエンザそのものよりも、そういう対処をされるのが怖くてマスク付けてんのかな? どーなんですか? 帰りの電車でも大阪駅なんか9割以上がマスクでしたよ。なんか怖ぇよマスクの人の群れ。

まあ確実に都市伝説だろうな。でも水際で発覚した人たちがホテルで監禁されてるしなー……。





めちゃめちゃびっくりした。

  • 2009.05.17 Sunday 21:51
いやだから、ゾーニングするにしてもすでにその時点で相手の発言権なり表現の自由なりに制限を加えてるわけだろ。どの対象を誰からどれぐらいの強さでゾーニングするかっていうのはやっぱり社会的に決めていかないといけないわけだろ。この時点でもう表現の自由もへったくれも無いやんか。

どういうたらええかわからんけど、「キモい」とか「不愉快」とか言うて相手に喧嘩売りながら同時に「キミの表現の自由は保証しますけど」って言うのって、首尾一貫してないっていうか、弱腰っていうか、きれいごとやんか。で、「社会的に決められる」っていうのが必ずしもファシズムや無秩序におちいるわけではないことがある程度信頼できるなら、社会的に決めていくことにそんなに弱腰になったり臆病になったりする必要はないんちゃうかっていう話やんか。だいたいちょっと発言の自由を制限しようと言うただけで「世の中の人がみんなそんなこと言い出したらどうする!」とか言われるけど、みんなそんなこと言わないって!

ところでミクシにも書いたんですが、「学会に着ていく服がない」という、まったく納得できない理由でさいとうさんがワンピースとジャケットを買いにでかけたんですが、帰ってきたらなぜか浴衣を買っていたことに心臓とまるほど驚いた。何やってんだお前。しかもワンピースとジャケットも買っていた。

サイズの調節をするのを忘れたのででかい画像で申し訳ない。沖縄の「紅型」(びんがた)風の浴衣らしい。確かに紅型なんだけどあんまり沖縄っぽくないのがかわいいのだが。

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ずっと前だが、風邪ひいてるときになにか食いもんを買ってくるように頼んだときに、「バナナ」と「まるごとバナナ」を買ってきたとき以来のびっくり仰天であった。





「個人の自由を制限する社会」について

  • 2009.05.16 Saturday 22:06
もうリベラルで寛容な態度って、限界なんちゃうの、という話。

2009.5.14: 日記
某エロゲ問題へのブクマコメントが怖い
レイプ・妊娠・中絶というプロットがムカつくというだけの話ですが何か - C plus M

表現の自由というものがむこう側にだけあるのではないなら、この種の表現がきわめて不愉快であると言う自由と、地下に潜ってほしいと主張する自由はたしかにこちら側にもある。そういう権利はあるだろう。

で、そういう自由や権利があるということはどういうことか、と思う。話を簡単にするために個人的発言までも「最大限に拡大解釈された社会運動」として考えると、要するにこれは、それが不愉快であると世の中に訴える社会運動や、それを地下に潜らせようとする社会運動を展開する自由や権利を持っている、ということである。

ところで、こうした社会運動を「本気で」やっていく場合には(もちろん「本気」という言葉もまた最大限に拡大解釈してほしいのだが)、あるいは「地下に潜っとけ」という主張を「文字通りの意味として」おこなおうとする場合には、相手側の表現の自由に何らかの制限を加えることが目標となっているわけだから、そういう相手の自由や権利を否定するところまでが、その主張や要求に含まれていなければならない。

そうすると、やっぱり「相手の表現の自由は認める」とか、あるいはもっと極端な場合には、「ターゲットは社会構造であって、個々のユーザーの自由や権利はこれを認め、直接の責任を問わない」というリベラリズム的な寛容な態度を、どこまで論理的に維持できるか疑問だということになる。

要するに何が言いたいかというと、もう「個人の表現の自由」というものには制限を加えてもいいのではないか、そういう段階に社会がきているのではないか、ということだ。

めちゃくちゃ大袈裟にいうと、ファシズムや共産主義が世界になにをもたらしたかというと、「社会への不信」である。われわれは間違うことがある、ということが、これではっきりしたわけだ。

でもまあそろそろ、自分たちのことは自分たちで決められないかなあ、と思う。それぐらい「社会」というものを信頼してもいいのではないか、と。たしかに間違うことはある。でもそれは、「社会」にとって永久になくならない本質的な要素なのだろうか、それともゆっくりとした進化の途上で一時的にあらわれる「誤作動」なのだろうか。

よく言われる誤解に、「女性が不愉快に思ったらそれは全部セクハラ」というものがある。いやそれは誤解ではなく、確かにセクハラの定義は「被害者が不愉快に思うような言動」というもの以外には作り得ないのだが、それはセクハラと闘ってきた長い歴史のなかで「もうこう言うしかない」として作られた定義である。それ以外に言いようがあるか。加害者がいかに「親密さの表現」とか「コミュニケーションの潤滑油」とか「単なる冗談」などと言い訳しても、被害者がイヤだと言ったらそれはセクハラなんだ、と言うしかないのである。

ところがこの先に誤解があって、それでは当該の言動がセクハラとしてどのくらい悪質で、どのくらいの「罪と罰」に値することなのか、ということまでも、感情的になっている被害者が一方的に決めることができる、と勘違いしてる人が多くて、それが痴漢そのものよりも痴漢冤罪を重要視するような臆病な態度になってあらわれている。

もちろんセクハラした人の処分というものは、「社会的」に決められるのである。これはたくさんの専門家や第三者をまきこんだ、非常に慎重で困難な、長い時間をともなう討議を繰り返し繰り返しおこなっていって、ようやく決定されるのである。被害者が「私のケツを触ったおっさんを死刑にしてください」といえば死刑になる、というものではないのだ。

そのときの根拠は「社会的に決めたことである」ということ以外にない。そしてそれは、「根拠がない」ということではないし、ましてや、「社会が暴走してファシズムに到る」(笑)ということでも絶対にない。

たとえば殺人やレイプが、それ自体として、なぜ「悪いこと」であるか、どれくらいの「悪いこと」であるかは、一律に決定することはできない。「悪」というものに、そのつどの状況や相互作用から完全に独立した定義を与えることはできないのである。ようするに、「人殺しはなぜ悪いの?」と聞いてくる幼児に、はっきりした答えを用意することはできないし、そうする必要もないということだ。人を殺した人が世の中でどうなるかを示してやればよい。

法律や規制を具体的にどうするとかいうことは、まあこの際おいといて、「『この種の表現が不愉快である』と訴える側」としては、相手に表現の自由を認めてやる必要もないし、「レイプや暴力がなぜ悪いのか」という問いに対する、非歴史的で状況や立場から独立した、誰もが納得する答えをこちら側で用意する必要もない。だからといって「悪」というもの自体がこの世界にまったく存在しないということにはならんのだ。それは長く複雑な社会的プロセスの過程において(そしてその過程においてのみ)決定される。それが「社会的につくられる」ということである。構築主義はよく叩かれるけども、「社会的につくられる」というのはこういうことであると、すくなくとも私は理解しています。

……ただ同時に、不愉快であるとするこちら側の意見が、「社会」のなかでどれくらい通るかは、わからない。まったく通らないかもしれない。でも、どれくらいこちら側の意見が通るか、通ったら社会がどうなるか、そういうところまでどうしていちいちこちらが考えてやらなきゃいけないの、と思う。こちらとしては、「こういう不愉快なものは禁止すべき」と言えばそれでよい。

これは、何が何でも無根拠でもこちらの意見を通す、ということではなくて、むしろ逆だ。このへん俺なんか実は逆にめっちゃ冷めてるねんな。簡単にいうと、こっちはこっちの意見をただ言えばよい、あるいは、こちらが正しいと思う社会運動を展開すればよい、ということで、けっきょくどっちが正しかったのかは、「社会」が決めるだろう、ということでしかない。ていうか、社会運動なんか、しょせんその程度のことしかできない。神様じゃないんだから。

そういえば神とは社会であるっていった社会学者がいたな。

俺が学生のときはほんと大学のセクハラはひどかった……一部の教員だけど、やりたい放題の奴がいた(ちなみにそいつはついに数年前にK大をクビになって、他の小さいところにうつった)。あれから20年、世の中は着実に進歩している。ただ同時に、飲み会での下ネタにも不自由するような窮屈な世の中になってしまったが(笑)、やはり泣き寝入りしていた奴がたくさんいたことを思うと、少しぐらい窮屈になってもかまわない。社会は進化というか進歩していると思う。長期的にみれば、良い方向に行っていると思う。

だから、「最適解」は社会が見つけてくれるだろうから、とにかく不愉快なものはもっと大声で不愉快と言えばいいのではないか、そのときに、相手の表現の自由まで考えてあげなくてもいいのではないか、ということだ。どうせこちらが否定してもそういう表現はなくならないだろうし、「地下に潜ってやっとけ!」という主張は、やはりちゃんと地下に潜らせてあげるとこまでしないと中途半端だからな(笑)。

と言いながら早見純の作品を買い集めたりしてるのが自分でもわからん……。ただあのマンガで興奮することは絶対にありませんけども。別の理由で買っている。言い訳か……





1954年から77年までの朝日新聞の沖縄関連記事のコピー数百枚分がバラバラになっていたでござるの巻

  • 2009.05.13 Wednesday 22:04
日付順に並べ替えるだけで一日が暮れたでござるの巻。

昨日は一日中ずっとこれだけやっていた。これしかやってない。

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というわけでどの日の何時からなのかまったく連絡がないので何しとんねんと思っていたら、とっくにウェブサイトに掲示されていた。最初からこういう話だったっけ……。

関西社会学会第60回大会

http://wwwsoc.nii.ac.jp/ksa/docs/conf60program.pdf

23日(土)の14時からだそうです。おヒマな方はぜひ。一般や学生でも入れますが、参加費は一律2000円かかります。

というわけで今日も忙しいのでこれにて。

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追記。かんしゃかのプログラム、大学の方のメールボックスに届いていた……。いれちがいでした。





場末のアジール

  • 2009.05.10 Sunday 14:53
またはイイ顔の楽園。

こないだ京橋の場末でボサノバの練習した帰りの話。大阪の街中でよく酒屋なんだけど店の中で立ち飲みさせてるとこあるでしょ? あれ他の街でもあるのかな? その前を通りかかったら、なんか知らんけど盛り上がってる。

覗き込むと、ねーちゃんがギター弾いて労働者のおっちゃんが踊ってた。

こっちもギターもってたので「おう! にいちゃんも入れ入れ!」と言われてふらふらと店の中に。もう「にいちゃん」言われる歳でもないですが、この中では若手か。

ねーちゃんスペイン語でフォルクローレ歌ってた。聞けば独学で言葉とギターを覚え、こないだまでエクアドルに住んでたらしい。そういうねーちゃんが京橋の場末の立ち飲みでギター弾いてる。近所に住んでて、よくこの店で酒飲んで遊んでる、ということだった。

なんか知らんけど俺もボサノバ弾いてきた(笑)。

しかし妙な空間だったな。土方風のおっちゃんめっちゃ踊ってるし。みんなけっこう酔っぱらってるし。わいわいがやがや、ラテンアメリカ祝祭空間であると同時に大阪盛り場場末空間である。なんかもう訳わからん。

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みんなイイ顔してます(笑)。

「アジール」とか言うな。





ゴールデンウィークらしいが

  • 2009.05.05 Tuesday 11:45
データ分析地獄。続々と見つかる入力ミス。

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ところで、以下の記事。

http://sankei.jp.msn.com/world/china/090430/chn0904301904007-n1.htm

中国核実験で19万人急死、被害は129万人に 札幌医科大教授が推計 (1/2ページ)
2009.4.30 19:03

中国が新疆ウイグル自治区で実施した核実験による被害で同自治区のウイグル人ら19万人が急死したほか、急性の放射線障害など甚大な影響を受けた被害者は129万人に達するとの調査結果が札幌医科大学の高田純教授(核防護学)によってまとめられた。被害はシルクロード周辺を訪れた日本人観光客27万人にも及んでいる恐れがある。
 5月1日発売の月刊「正論」6月号掲載の「中国共産党が放置するシルクロード核ハザードの恐怖」と題する論文で明らかにした。
 高田教授は2002年8月以降、中国の核実験に伴う影響を調査した。高田教授によると、中国の核実験は1996年までに爆発回数で46回。爆発威力や放射線量、気象データや人口密度などをもとに被害を推定した。


この記事、他のメディアからは一切無視されていて、まあ『正論』だし「産経」だしなあ(笑)、と思って怪しいネタとして読んでいたんですが、ふと検索してみるとこんな人だったみたいですね。

真silkroad?: 高田純博士著「中国の核実験」刊行

 高田氏のユニークなHPやブログからは、ある種の政治・思想傾向が濃厚に示されています。高田氏らが、反中国にせよ嫌中国にせよ主張するのは、自由にやればよいのです。しかし、日本の政治状況を何も知らない私の友人であるアニワル氏を、高田氏らの政治的主張にハクを付けるため呼び寄せて、「ダシ」に使うことは許さないと申しているのです。 アニワル氏は、職業活動家であるラビア・カーディルさんやドルクン・エイサ氏とは違い、第一に「今後も医学の世界で生きていきたい。現地(故郷)の患者を救いたい」と考えている人物です。政治的弱者で、故郷に身内を残して国外で生活している亡命者の、その家族の身の安全を、高田氏は考慮したことがあるでしょうか。

 医師として異国で不遇であるアニワル氏の将来に繋がる建設的な話ではなく、却って彼にとってマイナスとなる政治集会にだけ騙してひっぱりだして、政治的に利用しようとする姿勢に、~ましてやそれが大学教員だと言うことに~わたくしは怒っているのです。厳しい立場にある政治亡命者を、より窮地に立たせるような事を、社会的地位も、帰るべき国も持っている者がすべきではない。教育現場の末端にいる者として私は、高田氏のこのような不誠実さを容認できません。

 私が高田氏にシンポへの抗議メールを送信したのは2月3日夜9時半。そして高田氏が私の抗議メールをHP上に公開すると送信してきたのは翌4日朝9時半。私がメールに気付いた正午過ぎには、すでにHP上に公開されていました。私信を、事情を分からない不特定多数に対して、一方的に自らを「正義の味方」「特撮ヒーロー」のように表現し、わたくしを全く何の根拠もなく「中国共産党の工作員」と罵倒するのは、「ユニーク」としか言いようがありません(苦笑)。


くわしくフォローしていないのでどっちがどうとかコメントできないんですけども、少なくとも意見が異なる人たちに「中国共産党の工作員」というラベルを貼って罵倒するのは、あまり科学的な態度とは言えないとは思います。

だれかこのへんの事情にくわしい人はいないかな(あるいは/および)だれかまとめてくれないかな。

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この時期になると思い出すのが「かたつむり」である。
http://sociologbook.net/log/200705.html#eid130
しかしもうこの家に引越してきてから2年かあ。

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今日のさいとうさん。

グーグルのロゴがモールス信号になっていた。

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きし「ほらグーグルがモールス信号になってるで」
さいとう「どれどれ」

といってモニタの画面に耳を近づけるさいとう。

ちがーーう!

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桜ノ宮のオープンカフェでパン食ってたら雀がたくさんやってきて、テーブルの上に乗りやがった。

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憎らしいほどかわいいぞこいつら。

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という毎日である。

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たんぶらの方のスシえもんが妙に人気である。50ぐらいリブログされている。みんなバカやなー





ご冥福を……

  • 2009.05.03 Sunday 00:54
ずいぶんと放ったらかしですが、なんか書こうかなと思った矢先。

YouTube - たまらん坂
YouTube - 傘がない すげえメンバーだ。
YouTube - 君が代 ほてい? ムースムース(笑)
YouTube - スローバラード コメント欄でみんな泣いてる。
YouTube - スローバラード
YouTube - IMAGINE 「21世紀になったら世界が平和になると思ったのに……」

いやーショックです。中学生のときから好きでした。別にファンっていうほどじゃないですけども。こういう人がこの世の中にいてくれてよかった、というか。

ほんと惜しい。

しかしスローバラードの歌詞はめっちゃいい歌詞ですがいま聞くとひじょーに怖いな。ウシジマくん的な展開が予想されてめっちゃ悪い予感がします(笑)。