sociologbook

いちばん痛いのは俺の人格

  • 2009.03.25 Wednesday 19:48
お知らせ、ということでもないですけども、実は昨日から尿管結石でのたうちまわっております。なんでも「病気のなかで最も痛い」らしく、いやー実は私、今でも偏頭痛とか腰痛とかで痛いことが多いんですけども、なんでか知らんけど子どものころから痛みに強いんですが(注射とかも平気だった)、いやー痛い。痛いですよ。七転八倒ですよ。ころげまわってます。あまりの痛さにゲロ吐きました。

強力なボルタレンとかいう薬をむさぼり食ってなんとかこらえてますけども、こういうときに限って仕事の電話とかメールがじゃんじゃん来るんだよね!! 新年度早々休んですいません!! K田先生にはほんまにご迷惑をおかけしました。

というわけで、今週いっぱいは休みます……というわけにもいかんのであるが。関西社会学会の書類を書かないといけないんだけど、痛み止めの副作用でフラフラめまいして字も打てんわ。





大阪府人権協会のイベント告知

  • 2009.03.20 Friday 17:52
ぎりぎりになりましたが、告知です。ここで何度か話題にしていた、大阪市内の都市型被差別部落の実態調査の結果について喋ります。「当日参加でもおそらく大丈夫」ということですので、もし興味がある方はぜひいらっしゃってください。

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http://www.jinken-osaka.jp/event/2009_0323.html

「住民・まちのつぶやきを公営住宅等のまちづくりに活かすために」
~2008年度 まちづくり学習会~


(財)大阪府人権協会では、同和問題をはじめとする人権問題の解決に向け、旧地域改善向け公営住宅・改良住宅を中心に今後の公営住宅等のまちづくりを支援するための取り組みをおこなっています。
2008年度においては、下記のとおり「まちづくり学習会」を開催いたします。

テーマ

「住民・まちのつぶやきを公営住宅等のまちづくりに活かすために」

パネリスト・コーディネーター

●岸政彦さん<龍谷大学 社会学部 社会学科 講師>
日之出地区住民の生活等(公営住宅入居者)に関わる調査の経緯
「2000年 実態調査」から9年たった地区の現状

●池本高美さん<部落解放同盟奈良県連 住環境・住宅政策運動部会 専門委員>
倉本 宏さん<倉本都市建築ラボラトリー 代表、同専門委員>
 運動体がおこなった公営住宅・改良住宅の実態調査から地区住民たちのこれからの住まいのあり方や見えること

●寺川政司さん<CASEまちづくり研究所 代表> コーディネーター
「2000年実態調査」以降の人権のまちづくりの流れについて
地元主体のニーズ発掘の重要性と持続的なまちづくり事業の可能性

日時

2009年3月23日(月) 午後2時~

会場

大阪市立浪速人権文化センター 5階 集会室1

参加対象・定員

各地区の住宅・まちづくり担当等の関係者、まちづくり協議会、各市町村、 各市町村人権協会・人権地域協議会など
100人程度

参加資料代

500円

お問い合わせ・
申込方法

申込用紙をファックスにて(財)大阪府人権協会へお送りください。
TEL:06-6568-2983   FAX: 06-6568-2985
【 イベント詳細・参加申込書(PDF)のダウンロード 】
※なお、申込締切日は3月17日となっておりますが、20日まで受け付けております。





台北行ってきました

  • 2009.03.20 Friday 00:02
今日のさいとうさん

さいとう「はーいどもーー、シドニー太郎でーす。こんにちはーのこと、グッダーイ言うてますけどもー。お母さんオーストラリア旅行でグッダーイ! お父さんリストラでグッターリ! 言うてねー! そちらのお客さん、べっぴんさん。となりのお客さん、べっぴんさん。となりのお客さん、べっぴんさん。ひとつとばして、クロコダイル! 言うてね! じゃあ飛ばされたお客さんどんだけ不細工やねんいう話ですよ! ワニ以下! あ〜〜〜羊食いてえ!」

何を言うとんねん、と思ったらこれでした。

社会運動の力―集合行為の比較社会学

すいません今回のネタはだいぶ脚色入ってますけども、シドニー太郎言うたのはほんまです。というわけで、ゼミ有志の卒業旅行で台北に行ってきました。俺もう何回目かな、台北。大阪と那覇と台北をいったりきたりして暮らしてますよ!

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毎年恒例、かならずトランクに入るきなこ。私も連れてって! いや連れていけるもんなら連れていきたいよ! 今年もおはきなの世話をたけにくさんにお願いしました。どうもありがとうございました!

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大好きな台北の街並み。

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名物、原チャリの群れ。海遊館のいわしの大群みたい。規制がないので排ガス真っ黒。初日はまずノドをやられます。

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名店「欣葉」忠孝店にて。実に旨かったです。あらかた食い尽くしたあと。このあと最後に出てきた杏仁豆腐もやばかった。

そのほか、しょうもない写真は少しずつたんぶらの方で

今回は日程が短かったので、学生たちはムキになって二晩徹夜で遊んでました。これが終わって帰国するとみんな社会人だな。まあ頑張れよ、社会に出てからのほうが楽しいぞ。ほんとにしんどいのもこれからだけど、ほんとに楽しいのもこれからですよ。





卒業式

  • 2009.03.14 Saturday 22:55
というわけで卒業式であった。いやー飲んだ飲んだ。しかしみんな巣立っていくねえ。みんな頑張れよー。

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花束と色紙とプレゼントをもらいました。ありがとう!





戦後の沖縄はハードだった

  • 2009.03.13 Friday 00:56
先日また那覇に出張しまして、今年何回沖縄行ったかな。一回をのぞき全部仕事ですけどね。まあ何度行ってもいいところです。いまや「日本最大の観光地」ですよ。一年ぐらいでもいいからいちど住んでみたい。

ところで、戦後の沖縄の労働力移動というヒジョーに地味なテーマでここ数年ずっと研究してまして、そのへんの資料を集めになんども沖縄に通ってるんですが、たとえば戦後すぐの新聞記事なんかをあさってると、いかに復帰前の沖縄がハードボイルドな社会だったのかがわかる。

占領した米軍の為替政策で異常な円高に設定されてまして、ようするに基地の建設資材を安く購入するために米民政府がそうしてたんですが、そのために日本本土やアメリカから大量の安い商品が輸入されていた。そのため沖縄県内の製造業は壊滅的な状態で、それに加えて米兵相手のサービス業の需要が爆発的に増加し、その結果、沖縄経済は製造業よりもサービス業に異常に偏ったいびつな構成になってしまいました。輸入商品の価格にあわせるように賃金も低くおさえられていて、これつまり米軍による「人工デフレ社会」でした。まともに製造業の現場で正社員で働くクチはなく、みなアルバイトやパートなどの非正規雇用でサービス業に就いていたわけです。

沖縄戦が終了したばかりで沖縄人米兵ともにストレスが鬱積しており、経済状況は(現在の中国なみに急激に成長しているとはいえ)まだまだ貧しく、まともな警察もなく、というかそもそも特に米兵の犯罪なんかは野放しに近い状態で、それに対抗して沖縄人の社会にも暴力や犯罪がはびこり、かなりハードな社会になっていました。

日本より沖縄の方が、それも今よりも昔の沖縄の方が「ピュアで自然で平和で温かくて優しい癒しの島」って思ってる人がほとんどだと思いますけども、まあ実際そうですが、ちょっと当時の新聞記事をめくってみると、驚くような記事ばかりです。ほんの半月ほどの沖縄タイムズから、適当にピックアップしてみます。これでもまだまだごく一部にすぎません。最後にもういちど解説しますので、1950年代の米軍占領下の沖縄の、ハードな雰囲気をお楽しみください。

1957年11月28日
警察車にも嫌がらせ/暴力におびえる金武区

 [ コザ ] 石川署は、二十五日よる金武村金武区○○無職K(一七)を暴行傷害の現行犯で検挙した。酔って同区の料亭に上がり、酒を飲ませろと強要、断られたので、女給○○○子さん(二八)を足蹴りにして全治五日間の傷を与えた。Kは同料亭で再三暴れ告訴されていた。さらにこれまで十数回の傷害事件もあり、未成年で説諭処分だけだったらしい。
 同署では金武区の青年たちが宵の口から飲酒、軍道路で車座になって通行人や車をおどしているとの連絡で手入れすることになったが、二十五日よる○○署長、○○次席らが辺野古部落の防犯懇談会帰りにブロック三十個を積んで交通妨害をした事実をつかみ、徹底的取り締まりをすることになった。地元派出所が手こずっているのは被害申告がないことらしい。

1957年12月2日
洞窟に忍び寄る死の影/波之上旭が丘で二人目の悲劇

 二日未明五時ごろ、那覇市波之上旭が丘の洞窟住まいをしている住所不定無職○○○○さん(二九)が病死した。
 付近の話によると、○○さんは、三月ほど前から洞窟住まい、その間肺結核を患って寝たきり、紙屑拾いの収入で生計をたてている同居人△△△△さん(五一)の世話になっていたもの。
 これまで何回となく市役所や警察へ救護するよう連絡したが取り合ってもらえずこの悲劇となった、と同居人の△△さんは嘆く。こういうケースは前にもあった。□□□□さん(五六)といい、市役所が腰をあげ赤十字病院に入院手続きをとったときはすでに手遅れ、浮浪の精神異常者<ママ>に見守られて息を引き取ったという。

1957年12月12日
社説「一九五七年をかえりみる」

……具体的な事例を拾ってみると、桜坂のガム売り、靴みがきのアルバイト児童たちがグループを組んで花売り少女に呼びかけ大人並みに金を積んで桃色遊戯にふけった。
 アルバイトの不信から小遣い銭欲しさに盗みを働いた十四歳の少年を那覇署で補導、調べた結果、売春婦と手を組んで客引き。その稼ぎで赤線地帯に出入りしていた。……
 こうして芽生えた未成年者の不純な異性交遊は、みるみる広がっていった。コザでは一高校生が板の間稼ぎの少女と同棲し補導され、十三歳の家出少女が旅館で女中勤め、春をひさぐ始末で性に関連した不良行為が続発した。

1957年12月12日
「殺してやる」父親をグサリ

 [ コザ ] 普天間署は十二日午前零時過ぎ、浦添村宮城区無職○○○○(二五)を障害現行犯で逮捕した。実父△△さん(五四)の右肩をナイフで刺したものだが、父親の話によると、一年ぐらい前からずっと殴られ通し、仕方なく先月からは父親だけ間借生活、難をさけていたが、十二日には豚の売上金のことで「殺してやる」とあばれこんだ。
 警察に対しても「自分の子どもですが、このままゆるしたらいつか私が殺されます。一生涯刑務所に入れてください。それができなければ私をかくまってください」といっている。

同日
普天間に愚連隊

 [ コザ ] 十二日午前三時過ぎ、宜野湾村野嵩区、一般労務○○○○さん(二八)は、普天間二区十班の屋台店で酒を飲んでいるところ、五、六名の青年にいんねんをつけられ、左肩や顔を殴られて傷を受け、コザ病院に運ばれた。被害者の話によると、普天間一帯に巣食っている暴力団の一味ではないかといっている。

1957年12月16日
盲目の女が売春/コザ署に捕まり近く送還

 盲目の中年婦人が売いん、コザ署に捕まり去る九日コザ軍即決裁判で強制送還を命ぜられた。目下コザ署に拘留中だが十六日出入国管理部へ早期送還の手配を依頼してきている。
 同人は大島生まれ、○○○(三四)でコザの特飲街で外人、沖縄人を問わず板の間稼ぎもしていたもの。

1957年12月19日
授業中便所にいき危うく暴行/不良青年が入りこみ/特飲街近くで学園汚さる

 桜坂という歓楽街を目の前にした那覇市○○小学校の環境浄化についてたびたび問題となったが、三ヶ月前、授業時間中に便所に行った女の子が、不良青年から危うく暴行をうけるという事件があって、学校、PTAでは対策を進めている。
 二学期がはじまった九月のあるあさ十時頃、二年の女児二名が校舎南側の便所に行き、一人が用をたしに中に入ったら、一人の青年が出てきて、扉をあけて便所の中へ入ろうとした。それを見て驚いたもう一人の女の子が便所の中の友達に知らせてことなきをえたが、青年はいやらしい言葉をなげかけ、女の子が泣き出しそうになると「泣くと大へんだぞ」とおどして便所の裏から逃げたというのが事件のあらましである。……
 ○○小学校はひるは校庭が一般人の通路になっている上に、周囲に壁がないため、夜は桜坂方面からの流れが多く、毎夜アベックに悩まされている。ひどいのになると鍵をこわして教室に入り、教師の教科書で火を燃したり、教室を汚しているありさまで、学校側は悲鳴をあげている。
 学校側が環境浄化に乗り出してこれ以上学校近くにバーや、旅館のみ屋などを建ててくれるなと訴えても、PTAの中にはこれら業者が多いため協力が少なく思った程の効果がないというのが実情のようである。


ほんの一部なんですけども、かなりセックス&バイオレンスな記事がたくさん載ってます。特飲街とか社交街っていうのは沖縄の飲屋街のことで、桜坂は今でも古い小さなスナックがたくさん並んでます。昔は売春もおこなわれてました。「板の間稼ぎ」っていうのはこっちでいう「ちょんの間」で、沖縄にはいくつか現役の売春街があります。大阪の飛田みたいなもんです。あと、ホームレスが洞窟に住んでいるっていう話ですが、ガマってよばれる石灰質の洞窟で、沖縄戦のときは住民の避難所になり、ここで集団自決やら何やら悲惨な事件が多発しました。波之上の旭が丘は今ではビーチや公園になってます。護国寺と対馬丸記念館もあるな、たしか。あと「ガム売り、靴磨き」の小学生が買春してるのも驚きですが、都市部のそこらじゅうに未成年の愚連隊が跋扈していたみたいですね。

あと、盲目の売春婦の出身地である「大島」っていうのは奄美大島のことで、琉球列島のなかでは沖縄・宮古・八重山よりも早く50年代にはすでに日本に復帰してましたが、小さい島なのでまともな産業もなく、当時基地建設ラッシュで労働者不足だった沖縄に密入国(日本からみると当時の沖縄は外国です)する奄美人が数多くいました。かれらは沖縄内でひとつの「エスニック・マイノリティ」集団を形成していました。かなり貧しく、差別もされていたようです。

なにしろ本土のヤクザがドスで喧嘩してた時代に、沖縄の暴力団は米軍横流しの機関銃で撃ち合いをしていたという話があるぐらいで、とにかく戦後の沖縄は売春婦と犯罪者とヤクザと不良米兵と不良少年少女たちがたくましく生き抜いていた社会でした。しかし夜中の小学校に売春婦と客が忍び込んで教科書を燃やすとか、むちゃくちゃやな(笑)

ただ、それでもやっぱり沖縄っていうのは、というか那覇とかコザみたいな沖縄の街は、人に優しい(犬猫には厳しいですが(笑))、温かい、いいところだと思います。なんか人間臭いというか、飾り気のない、気取らない、ごちゃごちゃした街です。私は好きです。





琉球大学で座り込み

  • 2009.03.12 Thursday 11:56
このへんの話はこないだ沖縄に出張したときに中の人からいろいろ聞いたんですが。とりあえずリンク。

http://loudaisei.seesaa.net/

しかし授業時間半分にして「残りは自習」ってひどすぎやろそれ。





共感はできない

  • 2009.03.09 Monday 01:01
いやー……たいへん個人的な衝撃的事実で申し訳ありませんが……。



あらびきで見たなかでは「ダボハゼのペペ」「舞子はん」に並ぶ衝撃だった「みちゃこ」さんですが……いやもーなんか正視に耐えないっていうか(笑)。

松竹芸能株式会社 - タレント一覧:村瀬みちゃこ

ふと検索してコーヒー盛大に吹いた!!! 現役の市大生か!! 後輩かよ!! 学部どこや!! しかも名古屋出身って、なんか湧いてほしくない親近感湧くわ!!

みちゃこを見ちゃお!

ブログまである……。文章は普通だ!(笑) 落研なんや。「チャリで30分かけてトイザラス行った」みたいな記述があって、住之江店だとするとやっぱり杉本町か我孫子で下宿してるっぽい……。

しかしよく読むと(俺もヒマやな)、けっこう通天閣の下の劇場とか、インディーズでいろいろ出てるみたいやな。大阪はそういう小さいイベントがたくさんあるんですが、俺もちょっと行ってみようかなあと思えてきた!

参考・「舞子はん」 グロ注意(笑)かなり凶悪です。
YouTube - あらびき団 舞子はん





さんまシステム

  • 2009.03.08 Sunday 15:44
てれびのスキマの過去エントリーをうろうろと読んでて見つけた、これ。しかし「てれスキ」毎回おもろいなー……。芸人さんはすごいな。

明石家さんまの眠らない哲学

あまりにも感動したのでアーカイブで探してみたら、一部だけ残ってた。こういうのをリンクしていいのかどうかわからんが。

ほぼ日刊イトイ新聞 - さんまシステム

資料としてリンクしておきます。ところどころが欠けてますが、全体として非常にすばらしい話になってます。

糸井
あれは、さんまさんが
ポン酢しょうゆを置いたことで
「キミたちの幸せはこれだから」って
決めちゃったわけでしょう?
幸せの「代理」を定義したというか。

さんま
そうですねぇ(笑)。

糸井
ある意味、みんなの幸せが
あれで消されちゃったんですから。
「ポン酢しょうゆのあるウチさ」で。

さんま
なるほどね(笑)。

……

糸井
もちろんあのことばをつくったのは
さんまさんじゃなかったんでしょうけど、
さんまさんというキャラクターがなければ
あの歌は絶対できなかったはずですから。

さんま
そうですね。

糸井
みんなで鍋をするってことが
幸せなんですよっていう、
すごく大きなことを、
あっさりと伝えちゃったわけで。

さんま
うん、だから、
「なにが幸せなのか」
っていうだけのことですからね。
「鍋」でいいんだったら、
「幸せ」なんていうことばは
なくしたほうが楽ですよ。


なんかもう深すぎてわけわかんない。圧倒的に深い。

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つい先日、妹のともちゃんが生まれたばかりの草太であるが、生意気にももう自転車の補助輪を外して乗っているらしい。

Twitter / yeuxqui: SOPコマなし自転車に拍子抜けするほどあっさり乗れた。

5歳だぞ。俺なんかはじめて自転車に乗れたのが小学校2年生のときである。それまでほとんど外に出たことがなかったからな。ひきこもって本ばかり読んでいたのだが。まあ俺のことはどうでもよい。それにしても5歳でもう自転車とは……。あきらかに頭も良いし、末恐ろしいお子様である。しかし誰に似たんだろうなあ。





森オヤジ

  • 2009.03.06 Friday 13:56
ソシログをしばらく放ったらかしにしていた。那覇に出張したり研究会で報告するために統計ソフトをインストールして三日間徹夜したりとかしているうちに3月である。例の被差別部落での実態調査であるが、おかげさまで量的調査の方は追加調査の方も無事終了し、おろどきのもといおどろきの結果が出つつあります。大阪府人権協会とか府大とか市大とかで報告します。あとたぶん関西社会学会でもやります。

ところで話は変わるが森ガールって何だ。また新しいカテゴリーを作りやがって、まあたぶんたけにくとかマエカワとかそのへんの女子のことを言うんだろうが、トイカメラとか北欧雑貨とか町家カフェとかそのへんのアレか。ほっこりしてるのか。

じゃあオレ森オヤジ! ほっこりじゃなくてもっさりしてるの。ヒゲはえてるし。森に住んでるの。体に毛皮とか巻いてます。主食はイノシシとドングリ。武器は棍棒。それかヤドクガエルの毒矢。土器も手作りしちゃいます。雨が続くと餓死。冬とか越すのが超大変。ヨメは略奪が基本。風邪ひいたら祈祷で治します。それと北欧雑貨が好き。