生駒が見える日

きょう、銀行で2時間もローン借り換えについて相談して、疲労困憊した。ああいう事務的な話は普段慣れてないので本当に疲れる。事務仕事は、大学でも失敗ばかりだし。ほんとうに苦手。

対応してくれたのが若い銀行員の男子で、いまどきのイケメンだったんだけど、新卒で、はじめての客だったので、先輩も横について、たどたどしく説明してくれた。普段ならいろいろツッコミを入れるところだけど、実は俺のゼミの卒業生が毎年のようにたくさん銀行や信用金庫に就職していて、あああいつらもこんなことやってんだな、と、なんかしみじみした。

こないだからしみじみしてばっかりですが(前回のエントリ参照)。

頭がくらくらしたので、連れ合いの「おさい」とふたりで、帰りに遠出して、淀川まで散歩した。きょうはたまたま、ものすごく空気が澄みわたっていて、遠くのほうまではっきりと見えた。広い淀川の対岸の堤防を歩く人の姿まで見えた。

きょうは空気が澄んでるな。

ほんまやな。

生駒山の上のテレビ塔のアンテナまで見えるわ。

あ、ほんまや。

ここで急に、30年近く前のことを思い出した。大学に入ったばかりのとき、ジャズ研のピアノの平野くんと、ボーカルの向井さんと3人で、よく遊んでいたのだが、当時の下宿も淀川の近くで、よく缶ビールを持って散歩してた。

そのときも空気が澄んでいたのだろう、だれかが、きょうは生駒山の上のテレビ塔のアンテナまで見えるな、と言った。あ、ほんまやな。きょうはよく見えるな。

2年ぐらい前に、同じ学科の先輩教員と、沖縄で飲んだことがある。毎日のように顔を合わせて会議やら何やらしているひとと、1000キロぐらい離れた那覇の栄町でべろんべろんになった。ふだんしょっちゅう会ってるひとと、遠く離れたところで飲む。とても奇妙な感じで、とても面白かった。ここには時間の差はなくて、空間の距離だけがある。

きょう、淀川の同じ場所で、同じ言葉を聞いた。空間的には同じ場所で、時間だけが30年ちかくも経っている。

銀行でローンの借り換えの話をしたときに、返済の計画のシミュレーションをしてもらった。あなたの人生はあとこれだけですよ、と言われた気がした(みんなそう感じると思う)。

12月の夕方に散歩していると、日が短くてすぐに暗くなるし、みんな忙しく何かの準備をしていて、街がせわしない。中高生が友だち何人かでふざけながら、自転車で通り過ぎていく。スーパーでは安売りをしていて、客でごった返している。こうやって1年が終わっていく。

こないだからしみじみしっぱなしである。

そういえば、そのピアノの平野くんと、いまピアノトリオでいろんなところで演奏している。大学のときと同じように、大学のときと同じメンバーで、大阪のいろんなところのバーやライブハウスで演奏してると、時間も空間もずっと同じところにいるみたいな、めまいがするような、妙な気分になる。

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「生駒が見える日」への1件のフィードバック

  1. ああ、この夕焼け、今日の帰りに電車から見ました。

    突然失礼いたします、涼と申します。
    淀川の堤防は、結婚するまでよく歩いていました。
    渡し船や赤川鉄橋も、懐かしいです。

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