100年かけて増えたものが、100年かけて減っていく

1900年(明治33年)の日本の人口がどれくらいだったかというと、4300万人ぐらいだったそうです。

日本の人口のピークは(おそらく)2004年で、1億2800万人ほどでした。

2010年には日本の人口は20万人減りました。これは中規模の都市、あるいは地方の県庁所在地がひとつ消滅したのと同じです。

佐賀市、八戸市、宝塚市、厚木市、太田市、松江市、鈴鹿市、鳥取市、山口市、あるいは文京区、港区、渋谷区、荒川区のどれかひとつが、まるごと消えたのと同じぐらい、人口が減りました。

将来の人口についてはいくつか推計があるようですが、そのうちのひとつでは、いまから100年後の2100年ごろには、4400万人ぐらいまで人口が減ると予測されています。

100年かけて4000万人を3倍に増やして、そのあと100年かけてまたもとの人数にまで減らしていくのです。

ちょっと事情があって、いま再開発とかタワーマンションのことについていろいろ調べているのですが(facebook参照)、ちょうど今日、その領域での第一人者の研究者の方のお話をいろいろ聞く機会がありました。

話の本筋と関係ないところですが、妙に印象に残ったのが、「いまのタワーマンションはメンテさえすれば100年持つ」という話でした。その方はタワマンには非常に批判的な方なのですが、技術的にはここまで進歩した、ということでした。

実は、さいきん私は、勉強のためにタワーマンションのモデルルームや現地の部屋などを見学してまわっています。もちろん、絶対に自分では購入しませんが。

もちろんタワーマンションにいま住まわれている方を批判するつもりもありませんし、タワマンの存在自体を否定するつもりもありません。都心で暮らすにはよい手段だと思います。

これはあくまでも、私個人が現場で見た感想です。

あと、タワーマンションといってもいろいろあり、いうまでもなく私はそのすべてを見たわけでもありません。

前置きが長くなりましたが……私がせんじつ見学させてもらったのは、大阪市内の都心にある、非常に高級感あふれるタワーマンションでした。梅田を見下ろすその夜景はまさに圧巻でした。

いやほんと、すごかった。

ところが、まずこの部屋に帰るためには、長い長いエレベーターに乗らないとダメなのですが、エレベーターをおりたあと部屋まで、開口部が一切ありません。

仕事おわって疲れて帰ってきてこの圧迫感は正直つらいかも。

リビングはこんな感じでした。これは実際に売っている(売れ残っている)部屋だそうで、見学時には白い手袋を着用しました。

たしかにこの夜景はすごい。行ったのが夜だったので夜景しか見てませんが、朝日とか夕日とか、昼間の景色も相当なもんでしょう。

ところが、このリビングの大きなガラス窓。当たり前といえば当たり前ですが、これぜんぶ「はめごろし」のガラスです。よく考えたら当たり前なんですが、これ全部、1ミリも開けることができない、ただの透明の壁です。

これは確か別の部屋だったと思いますが、開けられる窓が写っていたのがこの写真だけだったのでこれを載せますが、赤で囲って矢印を付けてある窓。幅数十cm、縦も1mに満たないぐらいの小さな窓。20畳ぐらいの広いリビングで、開けることができる窓が、これひとつでした。

室内の内装はすべてメラミン樹脂っていうんでしょうか。なにかのつるつるしたプラスチックです。

この圧迫感と閉塞感はかなりのものでした。目の前に壮大な夜景が広がっているだけによけい、でした。

地下の部屋で壁一面にプロジェクタで夜景を投影してるかんじ。

さきほど、都市工学の研究者の方から「タワーマンションは100年後も建っている」と聞いたときに、すぐに思い浮かべたのがこのマンションのことでした。

さいきん、大阪でもあちこちに建ってます。売れてるのもあるし、売れ残ってるのもたくさんあるそうです。それはいろいろですが、とにかく人口が1/3になり、その半分以上が高齢者、という時代になっても、いま建てられているタワーマンションは立ち続けているそうです。

どういう光景になっているだろう、と思います。

もちろんいまタワーマンションを買って住んでおられる方々に対して何かを言うつもりはありません。繰り返しますが、若いときに都心に住むためには、かなり良い選択肢だと思います。私の友人も何人か住んでいます。

いまじゃなくて、100年後に誰が住んで、どういう光景になっているか、ちょっといろいろ想像して、いろいろ考えてしまったので、「個人的な感想」ですけども、書きました。気を悪くされた方がいたら、ごめんなさい。ほんとに個人の感想です。

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