大学とミスコン

ついったぜんぜん見なくなってるけど久しぶりに見たらミスコンの話ってまだ続いてるんか…フェミとかミスコンとかようわからんけど、ひとことだけ書くと、大学でメシを食ってるものとしては、大学という場所で「女を顔や体で選ぶ」っていうイベントを堂々とやってほしくない。大学という場所で必要なものは何よりも多様性や批判意識であって、おれが個人的に学生さんたちに身につけてほしいなあと思うような価値観や態度や能力と、ミスコンとは対極にある。もちろん顔や体が自慢の女子がいてもよい。でも、ひきこもりや摂食障害やいろんな傷を抱えた学生が自分なりに生きていく道を探そうとしていたり、就活に疑問を感じて急に社会学の勉強をしたくなってわざと一年留年したり、バイトもせず4年間ひたすら楽器の練習だけをしていたり、下宿のマンションが友人のたまり場になっていたり、飲み会で泥酔してみんなに迷惑をかけたり、海外に行ったまま帰ってこなかったり、しぬほど本を読んだり、いろんな学生に大学にいてほしいし、そういう「いろいろであること」が評価される場所であってほしい。だから大学でミスコンやることには反対だし不愉快。そういう意味で反対。大学っていってももうおれ自身ただのサービス業だと思ってるし、そんなに世の中から隔絶した文化的治外法権とかそういう時代じゃないのはわかってるけど、それでも4年間何してもいい、何もしなくてもいい、誰になってもいい、誰であってもいい、いろんな歴史的条件の重なりでたまたま今そうなってるだけなんだけど、それでも大学はそういう空間であってほしいし、社会のなかにそういう空間がひとつぐらいあってもいいし、ながい人生のなかで4年間ぐらいそういう時間があってもいいと思う。だめかな。


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