第8回 社会調査研究会(A研)大和冬樹・筒井淳也

次の研究会のお知らせです(今回から研究会の名称から「大阪」がなくなっております)。東京大学大学院生の大和冬樹さんにご報告いただきます。コメンテーターは立命館大学の筒井淳也先生です。

詳しくは以下を御覧ください。都市の貧困、統計的因果推論、近隣効果論などがキーワードです。まだあまり日本に導入されていない、米国の最新の統計技法についてご関心がある方は、お誘いあわせの上、ぜひぜひご参加ください。せっかくの交流の機会なので、院生さんも連れてきてください!

それではよろしくお願い申し上げます。参加自由・予約不要です。

     *  *  *

第8回 社会調査研究会(A研)

〈日時〉

2017年10月7日(土)14:00~18:00

〈場所〉

「コモンルーム中津」6階セミナールーム
地下鉄御堂筋線「中津」3番出口すぐ/阪急「梅田」駅(茶屋町)から徒歩10分
大阪市北区豊崎3-15-5
http://cr-nakatsu.com/

〈報告者〉

大和冬樹(東京大学大学院)

〈コメンテーター〉

筒井淳也(立命館大学)

〈報告タイトル〉

「近隣効果論とは何か ―米国都市貧困研究の達成と課題―」

〈概要〉

 近年米国の都市貧困研究では、近隣効果(Neighborhood Effect)論が隆盛を見せている。近隣効果とは、個人の社会経済的属性を超え、貧困が集中した空間の特性それ自体が貧困現象に影響を与えているのではないかとの仮説のもと、居住地それ自体が持つ効果を探求する研究プログラムである。本発表では、将来的な日本の貧困研究への応用を見据え、この近隣効果論のレビューを行う。まず、米国での発展動向を紹介した上で、この近隣効果論の方法論上の特徴と既存研究に比して優れている点、また、近隣効果論が研究プログラムとして抱えている問題点を指摘する。そして、日本において近隣効果論を導入する際はどのような点に留意すべきかを検討する。

〈報告者からの一言〉

 次回研究会は、「近隣効果論とは何か―米国都市貧困研究の達成と課題―」ということで、米国の貧困研究で近年隆盛を見せている近隣効果(Neighborhood Effect)論についてご紹介します。この近隣効果論は、貧困が集中した空間の特性それ自体が、個人の社会経済的属性を超え、貧困現象に影響を与えているのではないかとの仮説のもと、居住地それ自体が持つ効果を探求する研究分野です。米国では1980年代末より進展してきた分野なのですが、本邦ではほぼ未導入なのが現状です。

 近隣効果論は、米国で蓄積されてきた大規模パネルデータや移住実験データを元に、統計的因果推論を用いることで、貧困が集中する都市空間をいかに分析しうるかという点で方法論的に大きな示唆を持ち、日本の貧困研究の応用可能性を秘めています。その一方、米国で行われている近隣効果研究をそのまま日本に移植するには困難な点があり、また近隣効果論自体の方法論上の限界も存在します。本発表では、それらの点も含め近隣効果論について鳥瞰図的なレビューを行いたいと思います。

その村の人びとはみんな同じ日に生まれた

沖縄に流れる独特の時間を共有することは、私たち内地の人間にとっては、ほんとうに難しい。先日、那覇で乗ったタクシーのおっちゃんから、面白い話を聞いた。そのおっちゃんは50代後半ぐらいだったんだけど、その両親が、かなり歳の差が離れているにもかかわらず、同じ誕生日なのだという。

私は最初、わけがわからなくてぽかんとしていたのだが、よく聞くとこういうことだった。戦後、彼の両親の村は焼け野原になった。そのために、村の人びとの戸籍をもういちど作り直すことになった。そういうことは、戦後の沖縄ではよくあったらしい。

そのときに、当時の区長(自治会長)が、村の人びと全員の誕生日をあらためて調べるのが面倒だったので、すべて「自分の誕生日で」申請してしまったという。

だから、その地区の住民は、若いひとも年寄りも、男も女も、すべて同じ生年月日なのだ。

こういう感覚。

こういう感覚は、いちど焼け野原にならないと、生まれないのではないか。焼け野原になって、そして日本やアメリカのはざまでいいように扱われ、ふみつけにされた土地でないと、こういう感覚は生まれないのではないか。

     *  *  *

「沖縄的なもの」について、社会学者は好んで語りたがるが、また一方で、そうした沖縄的なものの語りのなかにひそむ素朴な本質主義の危険性についても語られている。私たちは、沖縄の人びとの暮らしのなかの「独特の感覚」を語るとき、ついそれを文化的DNAだの、独特の風土などという、くだらない、無内容のものに還元してしまう。

しかしまた、それを批判する人びとは、「沖縄的なもの」は単なる語り、あるいは「カテゴリー」で、そのつどのその場の会話のなかでやりとりされ、「構築される」ものにすぎないと言ってしまう。そのときそれは、ただの嘘、フィクションになる。

私は、沖縄的なものは、「ほんとうにある」と思っている。あるいは、もっと正確にいえば、ほんとうにあるのだということを私自身が背負わないと、沖縄という場所に立ちむかうことができないような気がしている。

でもそれは、文化的DNAとか気候風土とか、そういうことじゃなくて、おそらくはもっと世俗的なものと関係があると思っている。また、そのように世俗的に語らなければならない、と思っている。特に、ナイチャーとしての私は。

     *  *  *

こういうことについて、ある沖縄戦体験者の語りから、私は短い文章を書いた。

「海の小麦粉──語りにおける複数の時間」
現代思想2017年3月号 特集=社会学の未来
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3018

これは、現在のなかに折りたたまれている過去についての物語であり、あるいは、不意に海から流れてよせてくるものについての物語である。

この論考は、いずれ出ることになっている、『生活史の理論』という本のなかに再録されますが、お読みいただけたらうれしいです。

毎日新聞コラム「ブックマーク」連載まとめと、ボツ原稿

というわけで、3ヶ月続いた『毎日新聞』でのコラムも無事に終了しました。たくさんの方に読んでいただいて、(一部で)ご好評をいただきました。みなさまありがとうございました!

読める記事数に制限があるみたいですが(笑)、いちおうまとめてURLを置いておきますので、またおヒマなときにでもお読みください。

この連載、じつは全13回分を、2日ぐらいで書き上げました。とても楽しかったのですが、そのなかで、「これだけたくさん書くんだから、ひとつぐらいわがまま言わせてもらおう」と思って書いたものがあります。そしてそれは、みごとにボツになりました。

記念に、このページのいちばん下に置いておきますので、よければお読みください。たんにdisってるだけの文章で、自分でも「そりゃーボツだわな……」と思います。

新聞紙上で連載するのは初めてでしたが、反響も大きく、楽しいお仕事でした。また機会があればどこかでぜひ続きを書きたいと思います。

2016年04月04日
まぶしかった沖縄
http://mainichi.jp/articles/20160404/dde/018/070/061000c

2016年04月11日
人生を肴に飲む酒は
http://mainichi.jp/articles/20160411/dde/018/070/011000c

2016年04月18日
沖縄の「いい暮らし」
http://mainichi.jp/articles/20160418/dde/018/070/058000c

2016年04月25日
偶然の出会い
http://mainichi.jp/articles/20160425/dde/018/070/007000c

2016年05月02日
雰囲気デフレ効果
http://mainichi.jp/articles/20160502/dde/018/070/026000c

2016年05月09日
そうやなくて…
http://mainichi.jp/articles/20160509/dde/018/070/021000c

2016年05月16日
小さな達成感
http://mainichi.jp/articles/20160516/dde/018/070/049000c

2016年05月23日
誰もが組織嫌いだが
http://mainichi.jp/articles/20160523/dde/018/070/025000c

2016年05月30日
思いきって声を
http://mainichi.jp/articles/20160530/dde/018/070/019000c

2016年06月06日
「個人」はかっこいい
http://mainichi.jp/articles/20160606/dde/018/070/017000c

2016年06月13日
人のおらんとこで…
http://mainichi.jp/articles/20160613/dde/018/070/031000c

2016年06月20日
「できない」は見えにくい
http://mainichi.jp/articles/20160620/dde/018/070/018000c

2016年6月27日
愛されたくめんどうな俺
http://mainichi.jp/articles/20160627/dde/018/070/014000c


ボツ原稿(タイトル未定)

 すみません、これはお叱りを受けるかもしれませんが、思い切って言います。バーや居酒屋を含む全ての飲食店を、禁煙にしていただけないでしょうか。

 おととい、昼ごはんのときに、たまたま通りがかった中華屋にふらっと入って席について、酢豚とかに玉の定食を食べてたんですが、となりのおっさんが食べ終わったあとタバコを吸いだした。

 ほんとうにもう、何といっていいかわからないですが、猛烈に臭いです。副流煙がとか、発がん性物質が、とかじゃなくて、純粋に臭い。ほんとうに臭い。世の中に臭いものはたくさんあるが(私もそうとう加齢臭な年齢になってきた)、タバコの臭さはまた格別というか、独特です。精神的にかなり堪えるものがある。

 煙を向こう側に吐くとか、そういう小手先の配慮ではどうしようもないですよ。分煙とかも意味ないです。とにかくどこかでだれかが吸いだしたらすぐにわかります。ほんのちょっとでも猛烈に臭い。

 ときどき台湾や香港に行きますが、もうどこでも店内はすべて禁煙ですよ。いろんな国ですでにそうなってきています。なんで日本でできないんですか。政府は何をやってるんですか。別に一生吸うなとは言いませんよ。ただちょっと、吸いたくなったらお店の外で吸ってくれたらそれでいいんです。

 特に私は酒が好きなので非常に困ります。お酒を飲む店はだいたい喫煙可なんです。あとなぜか中華屋さんも喫煙可のところ多いですね。私は中華も特に大好きなので、つくづく困ります。最近はもう、バーでも居酒屋でも、喫煙の店には入らなくなりました。それで客を逃してる店も多いと思う。

 この場をお借りして、心の叫びを書かせていただきました。お気を悪くされた方がいたらごめんなさい。でもいつもほんとうに臭い思いをしてるんです。あと髪の毛や服にもいつまでも残るしね! ウールの上着に匂いついたら取れないですよ!

PEACE

3泊4日の「社会調査実習」の合宿で、沖縄で20名ほどの高齢者の生活史を聞き取りして、たった今、伊丹空港から自宅に戻ってきた。

語り手の方は、ほとんどがあの沖縄戦を体験している。

ひとりの女性は、米兵に追われて山中を逃げる途中で迫撃砲をくらい、父親を亡くしている。自分も爆発の衝撃で土砂をまともにかぶり、傷だらけになったそうだ。

やっと山の中に逃げこんで、きれいな小川で着物と体を洗ったら、川の水が真っ赤になった。

土砂をかぶったと思ったのは、真横で被弾した父親の血や肉や骨だった。

お話を聞いたあと、その女性が持ってきてくれた大量のマンゴーを、学生たちとみんなで食べた。めっちゃ甘くてめっちゃ美味しかった。大きなタッパーに入れて持ってきてくれたマンゴーを、全部食べた。

逃げ込んだ山中では、あまりにもヒマだったので、自生しているタバコの葉っぱを乾燥させて手製のタバコを作って吸っていたらしい。

聞き取りが終わって、帰りにみんなで記念写真を撮るときに、彼女は笑顔で、ピースした。

ピース。

第5回大阪社会調査研究会 「排外主義って何だろう」

第5回 大阪社会調査研究会のお知らせです。

テーマ
「排外主義って何だろう」

日時
2013年11月30日(土)
13:00〜19:00

場所
龍谷大学大阪梅田キャンパス
http://www.ryukoku.ac.jp/osaka_office/access/

関西学院大学教授・金明秀氏をお迎えして、外国人への差別である「排外主義」について、最新の調査結果を報告していただきます。一般の方歓迎、参加無料、予約不要、懇親会あり。

いよいよみょんす先生のご登場です!

最後の沖縄にいつか行く

今年も夏休みにおこなう学生の調査実習の段取りで、ある離島に行ってきた。もう、とにかく、人も親切で、集落も美しく、そして海がほんとうにきれいだった。

最初に沖縄に行ってから、もう25年ぐらい経って、たぶん4、50回は通っている。友だちも知り合いもたくさんいる。

いままで沖縄でいろんな人に出会ったこと、いろんな店でべろべろに泥酔したことなど、すべてよく覚えている。

さいきんよく思うんだけど、最初の沖縄があれば、最後の沖縄もあるんだろうなあと思う。そのうち大学の仕事も退職して学生を連れていくこともなくなり、研究者としての調査や研究で行くこともなくなり、あとは個人的に友だちに会いに行ったり純粋に沖縄に行きたくなって行くようになるんだろうけど、そのうち、70歳か80歳かしらないけど、だんたん体も動かなくなってきて、それも行かなくなり、そして死ぬ直前に、ああいま思えば、あのとき行った沖縄が最後の沖縄だったんだなあ、と思うんだろう。最初の沖縄は「これが最初だ」ってはっきり思いながら行くけど、最後の沖縄はそれとは気付かずに行くから、行ってる最中は最後だってわかんない。死ぬときになってやっと、あのとき行った沖縄が最後の沖縄だったんだ、と思うんだろう。

第4回 大阪社会調査研究会

**追記/会場に変更はありません、予定通りおこないます**

第4回大阪社会調査研究会のお知らせです。

日時:2013年5月18日(土)13時~
場所:龍谷大学梅田キャンパス

報告:齋藤直子(大阪樟蔭女子大学非常勤講師)

テーマ:「部落問題の現在──都市部落の変容と結婚差別を中心に」

部落問題の基礎的な知識から、最新の調査結果を踏まえた都市部落の実態、若者の暮らし、結婚差別の現状まで、詳しく議論します。

部落問題についてイチから学ぶチャンスです! 参加無料、予約不要。

第3回 大阪社会調査研究会のお知らせ

第3回になりました、大阪社会調査研究会のお知らせです!

2012年10月20日(土)
12:00〜
龍谷大学大阪梅田キャンパス
参加無料、予約不要

打越正行(首都大学東京)
「沖縄の下層エスノグラフィー/暴走族、建築労働者、風俗嬢」

「日本のヴェンカテッシュ」打越正行氏のご報告です。方法論よりも、調査の中身の濃いお話が中心になります。驚愕のフィールドワークですよ!

また日程が近づいたら改めて告知させていただきます。

第2回 大阪社会調査研究会のお知らせ

もういちど告知です。第2回 大阪社会調査研究会のお知らせです!

テーマ「(資料を)みる・(話を)きく・(文献を)よむ」
2012年5月19日(土)
報告者 朴沙羅氏(京都大学)
場所 龍谷大学大阪梅田キャンパス
時間 14:00〜18:00
参加無料・予約不要

京都大学の朴沙羅さんに、ライフヒストリー調査の方法論についてご報告いただきます。ライフヒストリー、口述史、ナラティブなどに関する研究史から最新の動向まで、さらにご自身の研究についてもご紹介いただきます。3〜4時間かけてじっくりとやります、ライフヒストリーについてイチから勉強するチャンスです! 研究者じゃない方もお気軽にどうぞ。来られる方はご一報くださると幸いですが、当日都合がついたから飛び込み参加も歓迎です。 kisiあっとまーくsociologbook.net

facebookのイベントページはこちらです〜

以下は、朴さんからいただいた、ご報告の概要です。

なお、ネットの情報によれば、鳩は「非常に闘争的な性質を持つ鳥で、テリトリーには特に強い執着を持ち、 他の家族の侵入に対しては徹底的に闘争する」そうです。

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タイトル:(資料を)みる・(話を)きく・(文献を)よむ

発表概要: 誰かから昔の話を聞く、というのは、社会調査でよく起こることかと思います。そこで聞いた資料を、みなさま、どのようにお使いでしょうか。 かつて起こったことについて話を聞いて、その話を研究のデータとして使いたいとき、社会学にも歴史学にも色々な方法があります。誰かから聞いたことをデータとして使うときには、話を聞くだけでなく、関係する資料を読むことが必要になってくる場合もたくさんあります。 そんなの当たり前、とお思いでしょうが、今回は、昔の話を聞くこと、昔の文章を読むこと、そういう資料を特定の視点から見ること、の3点について、社会学と歴史学にどういう方法があって、それぞれの方法をめぐってどういう研究がされてきたか、簡単にお話しできたらいいなと思います。不勉強なところだらけだと思いますが、どうぞご参加の上、どんどん突っ込んでください。

当日の内容:

1.イントロ:聞くことと読むことのあいだ

2.過去を「聞く」@社会学
 2-1 生活史(ライフヒストリー)研究
 2-2 ライフストーリー研究
 2-3 物語りの社会学

3 過去を「読む」@社会学
 3-1 歴史学は何をやっているのか:『The Spectacle of History』
 3-2 「ループ効果」の歴史:『概念分析の社会学』
 3-3 法廷を再現する:『実践の中のジェンダー』

4.過去を「読む」@歴史学
 4-1 歴史学における資料の扱い
 4-2 やってみよう:史料批判

5.過去を「聞く」@歴史学
 5-1 オーラルヒストリーの色々な視点
 5-2 「思い出されたこと」をどう扱うか

6.占領史を読んで聞く
 6-1 研究の概要
 6-2 「聞くこと」と「読むこと」との組み合わせ
 6-3 「社会」史は何を見るのか

発表者自己紹介:朴沙羅(ぱく・さら)京都大学文学研究科・社会学専修、博士後期課程3年。研究テーマは日本占領史、移民史。すごくあがり症で、緊張しすぎて嫌味っぽい口調になったり妙に攻撃的になることがありますが、基本的に小鳩の心臓の持ち主です。