道頓堀のィ夜

河村信さんからNatura1600のフィルムをもらったので(もらってばっかりか)、せっかくなので道頓堀のィ夜を撮りにいった。

さすがだ。粒子は荒いけど、フラッシュなしでもぜんぜんきれい。カメラはこれも河村さんにもらった、いつもの Kyocera Tproof。

30年前、学生のときは、週イチでここらへんでオールで飲んでた。いまは外国人観光客の原宿みたいになってて、それはそれで活気があって賑やかで、楽しい。

最初の3枚は大正区の尻無川。ここで散歩したあとバスでミナミまで行って、ささやかに楽しかった。

最近ほんと、こういう「大阪市内をただただ歩くだけ」という散歩をする暇もない。

仕事減らしたい…。

 

淀川リバー

フィルムカメラを持って淀川を散歩。たぶん6月ごろで、花がいっぱい咲いていた。

某企画で使うかもということだったので載せてこなかったけど、使わないことになったので(かわりにおさい先生のイラストを使うことに)、こちらに載せておきます。ごらんください。

ほんとに良い天気の日だった。

 

たまごサンドとゴミ袋

連れあいのおさい先生がメキシコシティで開かれる学会で報告するために伊丹空港から飛行機に乗った。見送りにいった私はそのあと、どこかぶらぶらしようかとも思ったけど、猫のおはぎがひとりで待つ家にすぐ帰った。帰り道、スーパーにだけ寄って、ゴミ袋とか、石鹸とか、安売りの栄養ドリンクとかを買った。栄養ドリンクは別に栄養がほしいわけではなく、カフェインが50mg入っているので、夕方ごろの目覚ましにちょうどよいから、たまに買う。コーヒーより手軽にカフェインを摂ることができる。

帰り道、すぐ近所の路地裏の小さな家が、リフォームされてきれいになっていた。そういえばここふた月ほど工事をしていた。この家はもともとは小さな喫茶店で、そこのたまごサンドが美味しいとのことだったが、いちども食べないまま、店は閉店し、店舗部分もつぶして、すっかり普通の住宅に改築された。たぶん主人が高齢になって、会社員でもしている息子夫婦と孫が同居するために、店をつぶして家にしたんだろう。

そこのたまごサンドが美味しいと教えてくれたのは、そこから数軒となりにあった小さな小さなショットバーで、40歳ぐらいの、とてもきれいな女のひとがひとりでやっていた。ときどき遅い時間に飲みに行っていたが、仕事がとても忙しくなってきたのと、小さな店で他の客のタバコの煙が臭かったので、そのうち行かなくなった。

ある夜、ひさしぶりに行ってみると、店を閉めるのだという。ああ、そうなんや。どうするの、他でまたバーやるの?

いやー、もうめんどくさいことが多くて。女ひとりでやってるとねえ。いろいろね。

ああ、そうか、そうやろなあ。そうかあ。

家も引っ越すねん。たぶん○○町のあたりに住むと思う。仕事は何するかまだわからへん。

そうか。元気でなあ。

彼女には高校生の息子がいて、そのバーのすぐ隣の、小さな古いマンションのいちばん上の階に、ふたりで住んでいた。

どうして彼女がそんな路地裏の小さな店でバーをやっていたのかというと、数年前に、彼女の夫がこの街にある病院で亡くなったからだった。彼女は夫が亡くなるまで数年間、息子と一緒に病院に近いこの街に引っ越して、毎日通って付き添い看護をした。やがて夫が亡くなったあともこの街にそのまま住み続け、バーを開店した。

その店で酒を飲みながら、なんどかその話を聞いた。

あ、そうか。旦那さんの名前か……。

そうやねん、よう気づきましたね

その店の名前は、前半が彼女の名前、そして後半が夫の名前だった。それをつなげて、ひとつの言葉にしていたのだった。

スーパーのビニール袋を手にさげて、リフォームしたもと喫茶店の前を通り過ぎたとき、そこまで思い出した。

あのひと元気かなあ。息子はどこか進学したかな。

こないだ、教え子の結婚式の帰りにコンビニで、ゴミ袋が切れてたことを思い出して買ったんだけど、45Lを買わないといけないのに間違えて90Lの巨大な袋を買っちゃった。しばらくサイズに合わない大きなゴミ袋を使ってたのだが、そのうちおさい先生が買ってきたんだけど、またサイズを間違えて、こんどは30Lの小さいやつを買ってきた。これだとゴミ箱にはまらない。

それから2週間ぐらい経ってようやくさっき、スーパーで45Lのゴミ袋を、すぐになくならないように大量に買ったんだけど、家に帰ってきてキッチンで気がついた。半透明のやつが欲しかったのに、間違えて完全に透明なゴミ袋を買ってしまっていた。

ちょうどよいゴミ袋はいつ手に入るんだろう。

大阪、左半分

「大阪左半分」(西半分)の、さみしい、さびれた風景が好きで、住んだことはないけど、ずっと憧れている。

工場、運河、倉庫、トラック、港、コンテナ、高速道路、小さな公園、巨大な団地。

『ビニール傘』という小説を書いたとき、どうしてもこの風景にしたかった。最初の一枚は、冒頭でタクシーの「俺」が、キャバ嬢の「女」を拾う場所。

小雨のなか、写るんですを手に持って、ビニール傘をさしながら散歩した。

 

明石と須磨

1日だけ休みをとって、ぶらっと電車乗って、明石と須磨に行ってきた。近いところにある、遠い昭和。

はじめてちゃんと明石焼きを食べた。あれはうまい食いものだな。ついつい、ビール。

また電車乗って須磨へ。ロープウェーに乗った。

ずっと昔からある昭和。いつでもそこにある。ちょっと電車に乗ったら、いつでもそこへ行ける。手に触れることもできる。

楽しかったから、調子に乗って「写るんです」で撮りすぎて、すぐにフィルムが切れてしまって、須磨のロープウェーの次に乗ったリフトの写真とかを撮れなかった。

写るんです、楽しいな。そのへんのコンビニとかでぱぱっと買って、これだけ持って、また電車乗ってどこか近所にある遠い昭和を見にいこう。

 

 

写したんです。

最初に鈴木育郎さんとお会いしたのは太田出版の『atプラス』の「生活史特集号」の撮影のときで、なぜか私の写真が表紙になるということで、恥ずかしかったけど、どうせならと撮影場所には大阪の京橋という下町の盛り場をお願いした。

はじめて会った鈴木さんは、背の高い、男臭い、ボクサーみたいなかっこいい人で、真っ赤なコートを来て、手ぶらで京橋駅の改札に現れた。「え、手ぶらなんですか」って聞くと、ポケットからボロボロの古いニコンを出して、これ一台だけです、レンズもこれだけで十分ですと言った。やられた、この人かっこいい。

撮影も楽しかったけど、フィルムで撮られた写真がほんとうに、とても素敵で、そのときの写真はいまでもときどきプロフィール写真として使わせてもらっている。

いいよなあ、フィルム。

もちろん鈴木さんの足元にもおよばないけど、なんとなく自分でも遊んでみたくなって、よく見ると近所のコンビニや写真屋さんで、いまだに写ルンですが売られている。聞けば、「リアルにインスタみたい」ということで、また流行ってるらしい。ええことや。

というわけで、15年ぶりぐらいに写ルンですで遊んでみた。

なつかしかった。最初にシャッターを押すとき、どうやって対象物を確認するのか、わからなかった。ファインダーを覗くという身体動作自体を忘れていたのだ。

フィルムは27枚しか入ってないので、iPhoneみたいにばしゃばしゃ撮れない。1枚ずつ大事にシャッターを押す。撮り終わったあとも、なんとなくめんどくさくてデスクの上に置きっぱなしになってて、やっとついこないだ写真屋さんに持ち込んだ。すでに15年前からあるサービスだったけど、いまでもCD-ROMとか他のメディアにデータを焼いてくれる。

そして現像を待つのも2、3日かかる。なんてのんびりしてるんだろう。

ひさしぶりに撮った写ルンですの写真は、とても「個人的」な写真だった。

クールテックと豚玉

ちょっと大事な会合があって、さっき仕事が終わってから鶴橋に行ってきた。

小腹が空いていたので、まえから気になっていたお好み焼き屋にひとりでふらっと入って、豚玉を注文。

作業服のおっちゃんが酔っぱらって、店のおっちゃんとおばちゃんと、ずっとどうでもいい話をしてる。それを聞きながら豚玉を食う。

あのな。ユニクロのクールテックってあるやんか。

あるな。

ヒートテックちゃうで。クールテックやで。

クールテックやな。

そうや。

あのな、それでな。クールテックってな。

うん。

冬に着ると、めっちゃ寒いねんで。

あまりにもどうでもいい話だったので、つられて俺も大声で笑ろてしもた。そしてつい、おばちゃん、こっちにもビールくれ。アサヒちゃうで。キリンやで。

というわけで、会合の前にいっぱい引っかけることになった。

豚玉、めっちゃくちゃうまかった。
豚玉、めっちゃくちゃうまかった。

お好み焼きとたこ焼きとうどんと串カツとおでんあります。
お好み焼きとたこ焼きとうどんと串カツとおでんあります。

 

大阪で暮らしてよかったと思う瞬間である。

クールテックは冬に着ると寒い。

 

 

大阪に出てきてからもう30年。ワイも一生ここで暮らすんや。